位相空間論のコツ・勉強法
この記事では, 私がツイッター(@takatani57)
でつぶやいた位相空間論のコツ・勉強法をまとめました。
まとめただけでなく例や証明など補足しています。
見出しごとに内容がわかれているので、どこから読んでも内容は理解できます。
気になる部分だけでも読んでください。
では始めていきます。
なぜ距離空間より一般的な位相空間を考えるのか?
商空間を定義するため
なぜ距離空間より一般的な位相空間を考えるのか?
理由の1つは『商空間』を定義するため。
距離空間の商空間は距離空間になるとは限りません。
それどころかハウスドルフ空間でないときもあります。
例
$\R/\sim$ はハウスドルフでない.
$(a\sim b \iff a-b\in \Q)$
(証明はハウスドルフ空間でない例
を参照せよ.)
位相幾何学では商空間がよく出てくるので距離空間では不十分です。
※リー群論や複素幾何学では等質空間という商空間がとても重要です。
たとえば、岩澤多様体
(Iwasawa manifold)がその例です。
理論展開が大幅に単純化されるため
実は, 位相的性質である
・コンパクト
・連結
などの概念は位相空間に拡張しなくても距離空間で定義できます.
主要な性質も距離空間だけで証明できます.
でも、位相空間だと理論展開が大幅に単純化されます。
たとえば、連続写像を考えてみましょう。
連続写像とは、ざっくり言うと「開集合の逆像が開集合である」ような写像のことです。
これは解析で学んだ連続関数の定義と全然違います。
また、距離空間の連続写像との定義も違います。
(※実は位相空間の連続写像は距離空間の連続写像を一般化した概念です。)
しかし、連続写像をこのように定義することによって位相の性質を証明するのがかなり単純になります。
べつに距離なんかなくても多くのことが証明できるんですね。
そういうわけで距離空間より一般的な位相空間を勉強します。
位相は『存在』を示す強力な道具
なぜ位相を学ぶのか?
理由の1つに『存在』を示す道具を手に入れるためです。
・中間値の定理より5次方程式の実数解が存在する
・コンパクト空間上の実連続関数は最大値が存在する
・リプシッツ連続より微分方程式の解が存在する
ほかにも代数学の基本定理:
「$n$ 次方程式には複素数解が存在する」
も複素解析と位相的な性質を利用して示せます。
このように存在を示すのに位相は強力な道具となります。
また、存在を示すだけでなく、写像が『全射』であることを示すのにも有効です。
全射の定義を考えれば、全射を示すことは存在を示すことと実質的に同じですからね。
【裏ワザ】閉集合であることを簡単に示すテクニック
問題
球面 $S^2$ は $\R^3$ の閉集合であることを示せ.
※$S^2=\{(x,y,z)\in\R^3$ $\mid x^2+y^2+z^2=1\}$
この問題は閉集合の定義どおり示そうとするとめんどくさいです。
しかし,「連続写像」の性質を使うと一瞬で示せます。
このテクニックは絶対に知っておきましょう!
証明
$f:\R^3\to \R,$
$(x,y,z)\mapsto $ $x^2+y^2+z^2-1$
とすると, $f$ は連続写像である.
$\{0\}$ は $\R$ の閉集合なので,
その逆像 $f^{-1}(\{0\})=S^2$ は $\R^3$ の閉集合である.$\square$
補足
$f:X⟶Y$ が連続写像
$\iff Y$ の任意の閉集合 $A$ に対して,
逆像 $f^{-1}(A)$ は $X$ の閉集合である.
もっと他の例を知りたい人は 閉集合であることを簡単に示すテクニック を見てください。
分離公理の関係
距離空間 $\Rightarrow$ 正規 $\Rightarrow$
正則 $\Rightarrow$ ハウスドルフ $\Rightarrow$ $T_1$
上記のように分離公理のきれいな関係が成り立ちます。
しかし、どの矢印も逆向きは成り立ちません。
反例は,右の $T_1$ から順に下記のとおりです。
・補有限位相
・K位相
・ゾルゲンフライ平面
・ゾルゲンフライ直線
それぞれの反例の詳細は次を参照してください。
・$T_1$ だがハウスドルフでない空間
$\to$ 補有限位相
・ハウスドルフだが正則でない空間
$\to$ K位相
・正則だが正規でない空間
$\to$ ゾルゲンフライ平面
・正規だが距離化可能でない空間
$\to$ ゾルゲンフライ直線
注意
正規と正則の定義は本によって違います。
[松坂]では正規と正則の条件に
$T_1$ 公理を含んでいて、上記の関係が成り立ちます。
一方で、[内田]では $T_1$ 公理を含んでおらず、上記の関係は成り立ちません。
とくに[内田]で勉強している人は注意してください。
ただ、位相空間論以外の分野では正規と正則は全然出てこないので、
分離公理の関係はあまり重要でないです。
連続写像の制限は連続
相対位相の定義より、
「連続写像の制限写像は連続である」
がわかります。
(※証明は[松坂 4章定理25]を参照)
この事実はよく使うので覚えておきましょう。
例
$f:\R^3\to \R,$
$\ \ (x,y,z)\mapsto x+y+z$
とすると, $f$ は連続写像である.
球面 $S^2$ に制限した写像:
$\ \ f:S^2\to \R$
も連続である.
なお, $S^2$ はコンパクトなので, $f$ は最大値をもつ.
連結でないことを示せるようになろう!
位相空間が連結かどうかを判定することはトポロジーで基本的です。
判定できるようになっておきましょう。
例題
次の位相空間は連結でないことを示せ.
(1)双曲線 $xy=1$ $\subset \R^2$
(2) $\Q$ ($\R$ の部分空間)
(3) $\GL_n(\R)$ ($n$ 次可逆行列全体)
証明は
「連結でないことを示す問題」
を参照してください。
位相空間論の目標
多様体論で重要な定理
多様体論に進みたい人は次の定理を目標にしよう。
定理
コンパクト空間からハウスドルフ空間への全単射な連続写像は同相写像である
この定理は多様体論でよく使い, 特に埋め込み定理の証明で使われます。
詳しくは松本「多様体の基礎」の定理13.7と定理13.12を見てください。
この定理の証明がわかれば,
松本「多様体の基礎」を読むのにに必要な位相の知識はマスターしたことになります。
連結・弧状連結がトポロジーで重要
位相の初学者は
・連結
・弧状連結
この2つがトポロジー(位相幾何学)で重要になることを知っておこう。
なぜなら,位相空間論の次にトポロジーに進んだらまず,
・基本群
・単連結
という超重要な概念を学びます.
これらを理解するときに連結・弧状連結が役立ちます.
松本幸夫「トポロジー入門」は位相幾何学の入門書で,
・基本群
・単連結
・ファンカンペンの定理
などの重要な概念をわかりやすく丁寧に説明しています.
しかも最初に位相のわかりやすい復習があるので,位相の予備知識も全然いりません。
オススメな本です。
その他
位相空間の具体例は?
位相空間はユークリッド空間 $\R^n$ を大幅に抽象化した空間です.
なので,位相の初学者は何を具体例にして考えていけばいいかわからない.
そのため位相の勉強はとても難しい.
しかし,実は位相を理解するための具体例として
・$\R^n$ とその部分空間
・密着空間と離散空間
これだけで大部分が理解できます.
位相を学べば4次元空間がわかる
位相空間論を学べば,
4次元以上の空間が見えるようになります.
例
$x^2+y^2+z^2$ $+w^2+t^2=1$ $\subset \R^5$
は有界閉集合なのでコンパクトである.
$xyzwt=1 \subset\R^5$
は射影の性質より連結でない.
一般線形群 $\GL_n(\R)$ は連結でない.
※$\GL_n(\R)$ は $n$ 次の実可逆行列全体の集合
このように空間のざっくりとした特徴がわかります.
ウリゾーンの距離化定理は逆が成り立たない
ウリゾーンの距離化定理
「ハウスドルフ+正規+第2可算⇒距離化可能」
は逆が成り立たない.
実際, 離散距離空間 $\R$ は第2可算公理を満たさない
では,位相空間が距離化可能になる必要十分条件は?という問題が残った
その答えが「長田-スミルノフの距離化定理」
これで距離化問題が完全に解決されました
位相空間論のテスト予想問題
問題
次を示せ.
(1)双曲線 $C:xy=1\subset \R^2$ は連結でない
(2)単位円 $S^1$ はコンパクトである
(3)$C$ と $S^1$ は同相でない
この3問がスラスラ解けたら素晴らしいです.
テストの難易度はこれぐらいだと思います.
解答
(1) $f:C\to \R,$ $(x,y)\mapsto x$ は連続である.
$f(C)=\R\sm\{0\}$ は連結でないので $C$ は連結でない.
※$f:\R^2\to \R,$ $(x,y)\mapsto x$ は連続である.
連続写像の制限写像は連続である($\because$ 相対位相の性質).
なので, $f:C\to \R,$ $(x,y)\mapsto x$ も連続である.
※証明では「連結空間の連続像は連結である」の対偶を使った.
(2)「$\R^n$ では,コンパクト $\iff$ 有界閉集合」より,
$S^1$ が $\R^2$ の有界閉集合であることを示す.
任意の $(a,b)\in S^1$ に対して,
$|a|\leq 1,$ $|b|\leq 1$ より, $S^1$ は有界である.
$f:\R^2\to \R,$
$(x,y)\mapsto $ $x^2+y^2-1$
は連続写像である.
$\{0\}$ は $\R$ の閉集合なので,
その逆像 $f^{-1}(\{0\})=S^1$ は $\R^2$ の閉集合である.
(3)$S^1$ は連結だが $C$ は連結でないので同相でない.