Takatani Note

ゾルゲンフライ直線【性質と証明】

$ \def\S{\mathbb{S}} \def\A{\mathcal{A}} \def\U{\mathcal{U}} \def\bcup{\bigcup} \def\V{\mathcal{V}} $

この記事では、下記を証明します。

上記の中で、重要なのは下記です。

上記3つの性質は重要です。
その重要性は記事の後半で説明します。

では、ゾルゲンフライ直線の定義から始めます。

定義
$\R$ において, 左半開区間の全体を $\B_l$ とおく: $$ \B_l:=\{ [a,b) \sub\R\mid a,b \in \R, a< b\}. $$ この開基 $\B_l$ によって生成される位相を下限位相(lower limit topology)といい, $\O_l$ で表す.
位相空間 $(\R,\O_l)$ をゾルゲンフライ直線(Sorgenfrey line)という. 本記事では $(\R,\O_l)$ を $\S$ で表すことにする.

※$\B_l$ は $\O_l$ の開基である.

さて、下記はゾルゲンフライ直線の重要な性質です。

補題
任意の開区間 $(a,b),\ $ $(a,\iy),\ $ $(-\iy,b)$ および半開区間 $[a,\iy)$ は $\S$ の開集合である.

証明
[証明]  $a< a+1/N< b$ となる自然数 $N$ をとる. このとき, $$ (a,b)=\bcup_{n\geq N} \le[ a+\f{1}{n},b\ri) $$ となる. ゆえに, 開区間 $(a,b)$ は半開区間の和集合で表せるので $\S$ の開集合である.
また, 次の等式から $(a,\iy),\ $ $(-\iy,b),\ $ $[a,\iy)$ も $\S$ の開集合である. $$\eq{ (a,\iy) & =\bcup_{n=2}^\iy\ \le[a+\f{1}{n},a+n\ri), \\ (-\iy,b) & =\bcup_{n=1}^\iy\ [b-n,b), \\ [a,\iy) & =\bcup_{n=1}^\iy [a,a+n). }$$

定理
$\R$ の通常の位相を $\O$ とする. このとき, ゾルゲンフライ位相は通常の位相により強い. すなわち, $\O \sub \O_S.$

証明
[証明]  開区間の全体は $\O$ の開基である. すなわち, $(\R,\O)$ の任意の開集合は開区間の和集合で表せる. 前定理により, 開区間は $\S$ の開集合なので, それらの和集合も $\S$ の開集合である. よって, $(\R,\O)$ の開集合は $\S$ の開集合である. すなわち, $\O \sub \O_S.$

性質

ハウスドルフである

定理
$\S$ はハウスドルフである.

証明
[証明]  $(\R,\O)$ はハウスドルフであり, $\O \sub \O_S$ であるから, 明らかに $\S$ もハウスドルフである.

[別解]  相異なる2点 $x,y\in \S$ をとり, $x< y$ と仮定する. (そう仮定しても一般性は失われない.) $r=|x-y|/2$ とおき, さらに $U=[x,x+r),\ $ $V=[y,y+1)$ とおく. このとき, $$ x\in U,\ \ \ y\in V,\ \ \ U\cap V=\emp $$ が成り立つ. 従って $\S$ はハウスドルフである.

コンパクトでない

定理
$\S$ はコンパクトでない.

証明
[証明]  $(\R,\O)$ はコンパクトでなく, $\O \sub \O_S$ であるから, 明らかに $\S$ もコンパクトでない.

[別解]  $U_n=[n,n+1)$ とおくと, $\S$ は次のように被覆される. $$ \S=\bcup_{n\in\Z}U_n. $$ この開被覆の中から有限個の $U_n$ だけで $\S$ を覆えない. よって, $\S$ はコンパクトでない.

連結でない

定理
$\S$ は連結でない.

証明
[証明]  $U=(-\iy, 0), V=[0,\iy)$ とおく. このとき, 補題により $U,V$ は $\S$ の空でない開集合であり, さらに $$ \S=U\cup V,\ \ \ U\cap V=\emp $$ が成り立つ. よって $\S$ は連結でない.

※$U,V$ が開集合であることは次の式から(補題を用いなくても)直接示される. $$ U=\bcup_{n\in\N} [-n,0),\ \ \ \ \ V=\bcup_{n\in\N} [0,n). $$

通常の位相 $\O$ をもつ $\R$ は連結だが $\S$ は連結でない. したがって次が得られる.


$(\R,\O)$ と $\S$ は同相でない.

第1可算公理を満たす

位相空間 $(X,\O)$ が第1可算公理を満たすとは, $X$ の各点に対して, 高々可算個の近傍からなる基本近傍系を持つことである.

定理
$\S$ は第1可算公理を満たす.

証明
[証明]  $x\in \S$ とし, $$ \V^*(x)=\big\{[x,\ x+1/n) \sub \S \mid n\in \N\big\} $$ とおく. この可算個の近傍からなる $\V^*(x)$ が $x$ の基本近傍系であることを示す.
$V$ を $x$ の任意の近傍とする. ゾルゲンフライ位相の定義により, $U$ は半開区間の和集合で表される. それら半開区間のうち, 点 $x$ を含むものを $[a,b)$ とする. すると, 自然数 $N$ を十分大きくとることによって, $$ x\in [x,\ x+1/N)\sub [a,b) \sub V $$ が成り立つ. よって $\V^*(x)$ は $x$ の基本近傍系である.

第2可算公理を満たさない

位相空間 $(X,\O)$ が第2可算公理を満たすとは, 位相 $\O$ が高々可算個の開集合からなる開基をもつことである.

定理
$\S$ は第2可算公理を満たさない.

証明
[証明]  $\S$ が第2可算公理を満たすと仮定し, 高々可算個の開集合からなる($\O_S$ の)開基を $\B$ とする. 目標は $\B$ が非可算であることを示して矛盾を導くことである.

任意の無理数 $x\in \R\sm\Q$ に対し, 開集合 $A_x\in \B$ を $x\in A_x \sub [x,x+1)$ となるようにとる. (実際にそのような $A_x$ をとれる理由: 半開区間 $[x,x+1)$ が $\S$ の開集合であることと, $\B$ が $\S$ の開基であることから言える.) $$ \B'=\{ A_x \mid x\in \R\sm\Q\}\ (\sub \B) $$ とおく. もし $\B'$ が非可算であることが言えたら, $\B$ も非可算なので矛盾する. 従って, 写像 $f:\R\sm\Q \to \B',\ $ $x\ma A_x$ が単射であることを示せたら証明は完了する.

$f$ が単射でないと仮定する. このとき, $x\neq y$ かつ $A_x=A_y$ となる無理数 $x,y\in \R\sm\Q$ が存在する. ここで, $x< y$ と仮定しても一般性を失わない.
ところが, $x< y$ だと, $y\notin A_x$ である. これは $y\in A_y=A_x$ であることに矛盾する. よって, $f$ は単射である.
これで証明は完了した.

距離化可能でない

定理
$\S$ は距離化可能でない.

証明
[証明]  $\S$ が距離空間であると仮定する. $\S$ は可分なので($\be$ $\Q$ は $\S$ で稠密), 下の命題により, 第2可算公理を満たすはずである. しかし, 上で示した通り, $\S$ は第2可算公理を満たさないので矛盾する.

命題
可分な距離空間は第2可算公理を満たす.
[証明]可算公理または[松坂 6章定理1]参照.

正則である

定理
$\S$ は正則である.

証明
[証明]  $A\ (\neq \S)$ を $\S$ の閉集合とし, $x\in A^c$ とする. $A^c$ は開集合なので, $\e>0$ を十分小さくとれば $$ U:=[x,\ x+\e)\sub A^c $$ が成り立つ. さらに $U$ は開かつ閉なので, $$ \ol{U}=[x,\ x+\e)\sub A^c $$ であるから, $(\ol{U})^c$ は $A$ を含む開集合である. そして, $U$ は $x$ を含む開集合であり, $(\ol{U})^c\cap U=\emp.$ よって $\S$ は正則である.

リンデレーフである

定理
$\S$ はリンデレーフである.

証明
[証明]  $\U$ を $\S$ の開被覆とする. $\U$ から可算個の開集合を取り出して, 閉区間 $[-n,n]\ (n\in\N)$ を被覆できることを示せばよい. なぜなら, それが示せたら, $$ \S=\bcup_{n\in\N}[-n,n] $$ により, $\S$ も可算個で被覆できる.
$A=[-n,n]\cap \Q$ とおく. 各 $r\in A$ に対して, $r\in U_r$ となる $U_r\in \U$ をとる. $A$ は可算集合なので, $\{U_r\}_{r\in A}\sub \U$ は $[-n,n]$ の可算被覆である.

正規である

$\S$ が正則かつリンデレーフであることを示したので, 次の定理により, 定理『$\S$ は正規である.』が得られる.

定理
正則なリンデレーフ空間 $X$ は正規である.

証明
[証明]  $A,B$ を $X$ の互いに交わらない閉集合とする.
$X$ は正則なので, 各 $x\in A$ に対して,
$\ \ \ x\in A\sub U_x$ かつ $\ol{U_x}\cap B=\emp$
となる開集合 $U_x$ がとれる.
$\ \ \ \U=\{U_x\in \O\mid x\in A\}$
とすると, $\U$ は $A$ の開被覆である.
$X$ はリンデレーフなので, 下記の補題により $A$ もリンデレーフである.
従って, $\U$ から可算個の開集合をとって $A$ を被覆できる.
その被覆を $\mathcal{W}=\{W_n\mid n\in \N\}$ とおく.
上と同様に $B$ の可算な開被覆 $\mathcal{Z}=\{Z_n\mid n\in\N\}$ をとる.
さて, 開集合 $W_n,Z_n$ を次のように作り変える.
$\ \ \ \displaystyle W_n'=W_n-\bcup_{i=1}^n\ol{Z_i},$
$\ \ \ \displaystyle Z_n'=Z_n-\bcup_{i=1}^n\ol{W_i}.$
このとき,
$\ \ \ W'=\bcup_{n\in\N}W_n',$
$\ \ \ Z'=\bcup_{n\in\N}Z_n'$
とおくと, $W',Z'$ は開集合であり,
$\ \ \ A\sub W',\ B\sub Z',\ $ $W'\cap Z'=\emp$
が成り立つ.
よって, $X$ は正規である.

補題
リンデレーフ空間の任意の閉集合はリンデレーフである.

[証明]
定理「コンパクト空間の任意の閉集合はコンパクトである」の証明と同様である.

ゾルゲンフライ直線の意義

冒頭で述べたとおり, ゾルゲンフライ直線は次の性質をもつ.

上記について補足する.

ハウスドルフ空間だが距離化可能でない

「距離空間ならばハウスドルフ空間である」という有名な定理がある(証明:距離空間はハウスドルフ空間である).
しかし, この定理の逆は一般には成り立たない.
その例がゾルゲンフライ直線である.

なお, ゾルゲンフライ直線は次の距離化問題に関わっている.

位相空間論の創成期に「ハウスドルフ空間はどんな条件のときに距離空間になるか?」という距離化問題が提起された.

その後, ウリゾーンによって「ウリゾーンの距離化定理」が証明され, 距離化問題が解決された, という歴史がある.

正規空間だが距離化可能でない

分離公理には下記の関係がある.

距離空間 $\Longrightarrow$ 正規 $\Longrightarrow$ 正則 $\Longrightarrow$ ハウスドルフ $\Longrightarrow$ $T_1$

しかし, 上記の矢印はどれも逆向きは成り立たない.
それぞれの反例は下記のとおり.

というわけで, ゾルゲンフライ直線は「分離公理に関する反例」にもなる.

第1可算公理を満たすが第2可算公理を満たさない

この性質を満たす位相空間はめったにない.
この点だけでもゾルゲンフライ直線はとても珍しい位相空間である.

【補足】ゾルゲンフライ直線は他分野で使わない

以上から, ゾルゲンフライ直線は珍しい性質をもつ貴重な位相空間であり, 位相空間論で重要である.

しかし, ゾルゲンフライ直線は位相空間論以外の分野では出てこない.
実際に解析,幾何,代数の教科書を見たらわかるとおり, どこにもゾルゲンフライ直線は出てこない.
なので, ゾルゲンフライ直線を知らなくても特に問題はない.

ただ, ゾルゲンフライ直線によって位相空間の反例を多く作れて位相空間論の理解を深めることができる.
その意味で, 勉強しておいてあまり無駄ではないと思う.