ハウスドルフ空間でない例
この記事では、ハウスドルフでない位相空間について次の3例を紹介します。
- 密着空間 $\R$
- 補有限位相が入った $\R$
- $\R$ の商空間 $\R/\!\!\sim$
$(a\sim b \iff a-b\in \Q)$
上記を述べた後、ついでに 「なぜ距離空間より一般的な位相空間を考えるのか?」についても解説します。
まず、ハウスドルフ空間の定義と性質を確認しておきます。
定義
位相空間 $(X,\O)$ がハウスドルフ(Hausdorff)であるとは,
相異なる2点 $x,y\in X$ に対して,
$$ x\in U,\ \ \ y\in V,\ \ \ U\cap V = \emp. $$
を満たす開集合 $U,V\in \O$ が存在することである.
※上記の $U,V$ を $x,y$ を分離する開集合と表現されることがあります。
性質
定理
ハウスドルフ空間は $T_1$ 空間である.
- ▼ 証明
-
[証明]
$(X,\O)$ をハウスドルフ空間とし, $a\in X$ とする.
$\{a\}$ が $X$ の閉集合であることを示す.
そのために, すべての $b\in X\sm\{a\}$ が $X\sm\{a\}$
の内点であることを示せばよい.
$X$ はハウスドルフなので, ある開集合 $U,V\in \O$ が存在して,
$$ a\in U,\ \ \ b\in V,\ \ \ U\cap V=\emp $$ を満たす. このとき $b\in V\subset X\sm\{a\}$ なので, $b$ は $X\sm\{a\}$ の内点である.
※$T_1$ 空間とは, 1点集合 $\{a\}$ が常に閉集合であるような位相空間のことである.
定理
ハウスドルフ空間 $(X,\O)$
の任意の部分空間 $(A,\O_A)$ はハウスドルフ空間である.
- ▼ 証明
- [証明] 相異なる二点 $x,y\in A$ をとる. $X$ はハウスドルフなので, $$ x\in U,\ \ \ y\in V,\ \ \ U\cap V = \emp. $$ を満たす開集合 $U,V\in \O$ が存在する. ここで, $U'=U\cap A,\ $ $V'=V\cap A$ とおくと, $U',V'\in \O_A$ であり, $$ x\in U',\ \ \ y\in V',\ \ \ U'\cap V' = \emp. $$ を満たす. よって, 部分空間 $A$ はハウスドルフである.
コンパクトハウスドルフ空間の性質
定理
ハウスドルフ空間 $X$ の部分集合 $A$ がコンパクトならば,
$A$ は $X$ の閉集合である.
- ▼ 証明
-
[証明]
$A^c$ が開集合であることを示す.
そのために, (内点の定義により,) 任意の $x\in A^c$ に対して,
$x\in U\sub A^c$ を満たす開集合 $U\in \O$ が存在することを示せばよい.
$x\in A^c$ を固定する. 任意の $y\in A$ に対して, $x\neq y$ であり, $X$ はハウスドルフなので, $x,y$ の開近傍で互いに交わらないものがある.
それらの開近傍は点 $y$ に従属して定まるから, それらを $U_y,V_y$ と書くことにする.
このとき $\{V_y \mid y\in A\}$ は明らかに $A$ の開被覆となるが, $A$ はコンパクトであるから, ある有限個の点 $y_1,\cd,y_n\in A$ をとって, $$ A \sub \bigcup_{i=1}^n V_{y_i} $$ とできる. そこで $$ U=\bigcap_{i=1}^n U_{y_i} $$ とおけば, $U$ は $x$ の開近傍で, $U\sub U_{y_i},\ $ $U_{y_i}\cap V_{y_i}=\emp\ (\all i)$ であるから, $U\cap V_{y_i}=\emp\ (\all i).$ したがって $$ U\cap A\sub U\cap \le( \bigcup_{i=1}^n V_{y_i} \ri) =\bigcup_{i=1}^n (U\cap V_{y_i})=\emp. $$ ゆえに $U\cap A=\emp.$ よって $U\sub A^c.$
定理
$X$ をコンパクト空間, $Y$ をハウスドルフ空間とする.
写像 $f:X\to Y$ が連続な全単射ならば, $f$ は同相写像である.
[証明] [松坂 5章定理15]参照.
距離空間はハウスドルフである
詳細記事:距離空間はハウスドルフ空間である.
定理
距離空間は(距離位相によって)ハウスドルフである.
※この定理の逆は成り立たない. つまり『距離化可能でないハウスドルフ空間が存在する.』
ハウスドルフ空間でない例
密着空間
例
密着位相が入った $\R$ はハウスドルフ空間でない.
[証明]
密着空間 $\R$ には開集合が $\R$ と $\emp$ しかない.
従って, 例えば点0と点1を分離する開集合は存在しない.
※一般に, 2点以上の密着空間は常にハウスドルフでない.
上記の例は自明すぎてつまらないと感じる人が多いと思う.
しかし, 次の2つは人工的かつ特異でおもしろい.
補有限位相
例
実数の集合 $\R$ に位相
$$ \O_C:= \{U \sub \R \mid
\R\sm U \te{は有限集合} \} \cup \{\emp\} $$
を入れる. (この $\O_C$ を
$\R$ の補有限位相という.)
このとき, 位相空間 $(\R,\O_C)$ はハウスドルフでない.
[証明] 補有限位相参照.
$\R$ の商空間
例
$\R$ に対して, 次の同値関係 $\sim$ を入れる.
実数 $a,b$ に対して, $a-b\in \Q$ のとき, $a\sim b.$
このとき, 商空間 $\R/\!\sim$ はハウスドルフでない.
- ▼ 証明
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[証明]
$\R/\!\sim$ はハウスドルフであると仮定する.
ハウスドルフの性質より, 1点集合は閉集合である.
従って, $\{\ol{0}\}$ は $\R/\!\sim$ の閉集合である.
自然な全射 $p:\R\to \R/\!\sim$ は商写像なので連続である. ゆえに, $p^{-1}(\{\ol{0}\})=\Q$ は $\R$ の閉集合である. ところが, $\Q$ は $\R$ の閉集合でないので矛盾する.
この例から重要なことがわかる.
次はそれについて説明する.
距離空間より一般的な位相空間を考える理由は商空間を定義するため
「なぜ距離空間より一般的な位相空間を考えるのか?」
と疑問に思う人は多い.
理由はいくつかあるが, その1つに
「商空間を定義するため」
という理由がある.
どういうことか今から説明しよう.
さっきの例で, $\R$ を同値関係
$\ \ \ a\sim b \iff a-b\in \Q$
で割った商空間 $\R$ はハウスドルフでないことがわかった.
$\R$ にはユークリッド距離が入っているので $\R$ は距離空間である.
また, 基本的な事実として,
「距離空間はハウスドルフである」
ことが成り立つ.
(※証明は距離空間ならばハウスドルフであるを参照)
したがって, 次のことがわかる.
距離空間を同値関係で割った商集合は 距離空間にならないどころかハウスドルフ空間にさえならないことがある.
このことから, 距離空間だけを考えていたら商空間が定義できない.
だが, 位相幾何学やリー群などの幾何学では商空間を考えることが何度もある.
幾何学では距離空間だけでは不十分だ.
もっと広い範囲で考えなければならない.
そこで, 位相空間まで考えると商空間をうまく定義できる.
というわけで, 位相空間まで考えなければならない.
これが距離空間より一般的な位相空間を考える理由の1つである.