行列の最小多項式
$ $
この記事では、行列の最小多項式について解説します。
記法
$\C[x]$:複素係数多項式の集合
$\Phi_A(x)$:行列 $A$ の固有多項式
定義
※以下, 複素数を係数とする多項式のことを単に多項式と呼ぶ.
最小多項式の定義の前に, モニックを定義する.
モニック
定義
多項式がモニック(monic)であるとは,
最高次の係数が $1$ のときをいう.
例
$x^2+2x+3$ は $x^2$ の係数が $1$ なのでモニックである.
$2x^2+2x+3$ は $x^2$ の係数が $2$ なのでモニックでない.
なお, モニックは線形代数学だけでなく,
他の代数学でも出てくる概念である.
ささいなものに見えて忘れがちな概念だが, 無視できない存在である.
最小多項式
定義
$A \in M_n(\C)$ とする.
$A$ の最小多項式(minimal polynomial)とは,
$g(A)=O$ かつ $g\neq 0$ となる多項式
$g(x)$ の中で, 次数が最小なモニック多項式のことである.
$A$ の最小多項式を $\phi_A(x)$ で表す.
例
$$ A=
\m{\a & 0 & 1
\cr 0 &\a & 0
\cr 0 & 0 &\a }
$$
に対して, $(A-\a I)^2=O$ である.
$1$ 次のモニック多項式 $g(x)=x+c$ の中で,
$g(A)=O$ となるものはないから,
$\phi_A(x)=(x-\a)^2.$
上の例では次数が小さいから簡単に求められたが, 一般に何の定理も使わずに多項式の最小性を示すのは難しい.
最小性を示すのに有効な定理を後で紹介する.
性質
相似な行列は同じ最小多項式をもつ
定理
行列 $A,B\in M_n(\C)$ が相似であるとき, $\phi_A(x)=\phi_B(x).$
[証明] $A,B$ は相似なので, $B=P^{-1}AP$ なる正則行列 $P\in M_n(\C)$ が存在する. $$ B^n=(P^{-1}AP)^n=P^{-1}A^nP $$ により, 多項式 $f(x) \in \C[x]$ に対して, $$ f(B)=f(P^{-1}AP)=P^{-1}f(A)P. $$ ゆえに $$ f(B)=0 \iff f(A)=0. $$ よって主張が示された.
固有多項式は最小多項式で割り切れる
定理
$A\in M_n(\C)$ に対し, $\Phi_A(x)$ は $\phi_A(x)$ で割り切れる.
[証明] $\Phi_A(x)$ を $\phi_A(x)$ で割った商を $q(x),$ 余りを $r(x)$ とする: $$ \Phi_A(x)=q(x)\phi_A(x)+r(x), \ \ \ \big(\deg \phi_A(x) > \deg r(x)\big). $$ ケーリー・ハミルトンの定理から $\Phi_A(A)=0.$ 従って上式の $x$ に $A$ を代入すれば $r(A)=0.$ ゆえに $\phi_A(x)$ の次数の最小性により $r(x)=0.$ よって $$ \Phi_A(x)=Q(x)\phi_A(x). $$
固有多項式の根は最小多項式の根
定理
$A\in M_n(\C)$ の固有値 $\l$ に対して $\phi_A(\a)=0.$
[証明] $\l$ を $A$ の固有値とし, $A\x =\l \x\ $ $(\x \neq 0)$ とする. 任意の多項式 $f(x)\in \C[x]$ に対して $f(A)\x = f(\l)\x.$ とくに $\phi_A(x)$ に対して $$ \phi_A(A)\x = \phi_A(\l)\x. $$ $\phi_A(A)=O$ なので, $\phi_A(\l)=0.$ よって $\l$ は $\phi_A(x)$ の根である.
「固有多項式の根全体」=「最小多項式の根全体」
定理
$A\in M_n(\C)$ とし, $\a_1,\cd,\a_s$ を $A$ の固有値全体とする.
$$ \Phi_A(x)=(x-\a_1)^{n_1}\cd (x-\a_s)^{n_s}
\ \ \ \ \ (\all i,\ \ \ n_i \geq 1) $$
ならば
$$ \phi_A(x)=(x-\a_1)^{m_1} \cd (x-\a_s)^{m_s}
\ \ \ \ \ (\all i,\ \ \ n_i \geq m_i \geq 1). $$
[証明] 固有多項式は最小多項式で割り切れるので, $$ \phi_A(x)=(x-\a_1)^{m_1} \cd (x-\a_s)^{m_s} \ \ \ \ \ (\all i,\ \ \ n_i \geq m_i \geq 0). $$ の形となる. さらに前定理から $m_i \geq 1\ (\all i).$
例題
最小多項式の求め方
最小多項式は次の手順で求まる.
- 固有多項式 $\Phi_A(x)$ を求めて, それを1次式に分解する
- 前定理を用いて最小多項式になりうる多項式を1つ1つ $A$ に代入する
- 代入して零行列 $\bm{O}$ になったら, それが最小多項式である
この手順で次の例題を解いてみよう.
例題
次の行列の最小多項式を求めよ.
$\ \ \ A=
\m{\a & 0 & 1
\cr 0 &\a & 0
\cr 0 & 0 &\a }$
[解答] $\Phi_A(x)=(x-\a)^3$ なので, $\phi_A(x)$ は $(x-\a)$ または $(x-\a)^2$ または $(x-\a)^3$ のいずれかである. $$ (A-\a I)\neq O,\ \ \ \ \ (A-\a I)^2=O $$ なので, $\phi_A(x)=(x-\a)^2.$
問題
問題
次の行列の最小多項式を求めよ.
$$ A=
\m{ 1 & 0 & 0
\cr 0 & 1 & 0
\cr 0 & 0 & -2 } $$
- ▼ 解答
- $A$ の固有多項式は $(x-1)^2(x+2)$ である. 一般に「固有多項式の根は最小多項式の根」なので, $A$ の最小多項式 $\phi_A(x)$ は $$ (x-1)(x+2) \ \text{または} \ (x-1)^2(x+2) $$ である. $(A-I)(A+2I)=O$ なので, $\phi_A(x)=(x-1)(x+2).$
問題
2次正方行列 $A,B$ で, 固有多項式
$\Phi_A(x), \Phi_B(x)$ は同一でありながら,
最小多項式 $\phi_A(x)$ と $\phi_B(x)$ は異なる例をあげよ.
- ▼ 解答
- $$ A= \m{ \a & 1 \cr 0 & \a },\ \ \ \ \ B= \m{ \a & 0 \cr 0 & \a } $$ とすれば, $\Phi_A(x)=\Phi_B(x)=(x-\a)^2$ であるが, $\phi_A(x)=(x-\a)^2,\ $ $\phi_B(x)=(x-\a)$ である. つまり $\phi_A(x)\neq \phi_B(x).$