Takatani Note

トレースの性質【証明】

この記事では, 行列のトレース(trace)について、下記の性質を証明します。

証明の前にトレースの定義と例を軽く復習しておきます。

定義
$A=(a_{ij})$ を $n$ 次正方行列とする.
$A$ のトレース(trace)とは, $A$ の対角成分の総和: \[ \tr(A)=a_{11}+\cdots+a_{nn} \] のことであり, $\tr(A)$ で表す.


$A= \m{ 1 & 0 & 0 \cr 0 & 2 & 0 \cr 0 & 0 & 3}$ とすると, $\tr(A)=1+2+3=6.$

トレースの性質【証明】

トレースは線形性をもつ

定理
$A,B$ を $n$ 次正方行列とし, $c$ を実数とすると,
$(1)\ \tr(A+B)=\tr(A)+\tr(B),$
$(2)\ \tr(cA)=c\ \tr(A).$

証明
[証明]
$A=(a_{ij}),\ B=(b_{ij})$ で行列成分を表すことにする.
(1) \[\eq{ \tr(A)+\tr(B) & =(a_{11}+\cdots+a_{nn})+(b_{11}+\cdots+b_{nn}) \\ & =(a_{11}+b_{11})+\cdots+(a_{nn}+b_{nn}) \\ & =\tr(A+B). }\] (2) \[\eq{ c\ \tr(A) & =c(a_{11}+\cdots+a_{nn}) \\ & =(ca_{11}+\cdots+ca_{nn}) \\ & =\tr(cA). }\]

トレース=固有値の総和

定理
$A$ を $n$ 次正方行列とし, $\l_1,\cdots,\l_n$ を $A$ の固有値とする.このとき, \[ \tr(A)=\l_1+\cdots +\l_n. \]

証明
[証明]
$\l_1,\cdots,\l_n$ は固有方程式 $|A-t I|=0$ の解なので, 等式
\[ |t I-A|=(t-\l_1)\cdots(t-\l_n) \] が成り立つ.
左辺および右辺を展開して $t^{n-1}$ の係数を比較すると, \[ -(a_{11}+\cdots a_{nn})=-(\l_1+\cdots+\l_n) \] となる. ただし, $A=(a_{ij})$ とする.
両辺に $(-1)$ をかけると \[ \tr A=\l_1+\cdots +\l_n. \]

トレースは行列の積について可換

定理
$A,B$ をそれぞれ $m\times n,\ $ $n \times m$ の行列とする. このとき, \[ \tr(AB)=\tr(BA).\]

証明
[証明]
$A=(a_{ij}),\ B=(b_{ij})$ で行列成分を表すことにする.
行列 $AB$ の1行1列成分は
\[ \sum_{j=1}^m a_{1j}b_{j1} \] であることに注意しよう.
トレースは対角成分の総和なので,
\[\eq{ \tr(AB) & =\sum_i\sum_j a_{ij}b_{ji} \\ & =\sum_j\sum_i b_{ji}a_{ij} \\ & =\tr(BA). }\]

トレースの循環性

定理
$A,B,C$ をそれぞれ $l\times m,\ $ $m \times n,\ $ $n\times l$ の行列とする. このとき,
\[ \tr(ABC)=\tr(BCA)=\tr(CAB). \]

証明
[証明]
$A=(a_{ij}),\ B=(b_{ij}),\ C=(c_{ij})$ で行列成分を表すことにする.
行列 $AB$ の1行 $k$ 列成分は
\[ \sum_{j=1}^m a_{1j}b_{jk} \] であり, 行列 $ABC$ の1行1列成分は
\[ \sum_k(\sum_j a_{1j}b_{jk})c_{k1} \] であることに注意しよう.

トレースは対角成分の総和なので, \[\eq{ \tr(ABC) & =\sum_i\Big(\sum_k\big( \sum_j a_{ij}b_{jk}\big)c_{ki}\Big) \\ & =\sum_i\sum_k\sum_j a_{ij}b_{jk}c_{ki} \\ & =\sum_j\Big(\sum_i\big( \sum_k b_{jk}c_{ki}\big)a_{ij}\Big) \\ & =\tr(BCA). }\] 同様にして $\tr(ABC)=\tr(CAB)$ も示せる.

トレースは行列の基底変換に関して不変である

定理
$A$ を $n$ 次正方行列とし, $P$ を $n$ 次正則行列とする.
このとき, \[ \tr(PAP^{-1})=\tr(A). \]

証明
[証明]
トレースは行列の積について可換である, すなわち,
\[ \tr(AB)=\tr(BA) \] であるから,
\[ \tr(PAP^{-1})=\tr((AP^{-1})P)=\tr(A).\]

※行列式 $\det$ も同様の性質をもつ. つまり \[ \det(PAP^{-1})=\det(A) \] が成り立つ. 証明は行列式の性質【証明】を参照.

【コラム】トレースは意外と重要

先日に次のツイートをしました。

"トレースは意外と重要です。
線形代数の一般論では、トレースよりも行列式のほうが中心的な役割を果たしていたので、行列式のほうが圧倒的に重要だと思いがちです。

しかし、表現論や微分幾何では立場が逆転し、 トレースのほうが大きな役割を果たすようになります。"

このツイートをしたら大きな反響がありました。
どうやら数学だけでなく物理でもトレースが応用されているようです。

ツイートの内容について少し解説します。

トレースはいろんな分野で活躍する

トレースは線形代数で応用される場面が全然ありません。
多くの人は「なぜトレースをわざわざ定義したのだろうか?」と疑問に感じたはずです。
確かに、トレースは線形代数の一般論では活躍することはありません。

ところが、線形代数の他の分野で応用されます。
しかも、トレースが応用される分野は1つや2つだけでなく、 いろんな分野で重要な役割を果たします。

トレースの応用例

例1
有限群の表現では指標 $\chi$ が重要です。
$\ \ \ \rho:G\to \GL(V)$
$\ \ \ \chi(g)=\tr(\rho(g))$
※$\rho(g)$ は行列です。
前に述べたように、トレースは基底変換に関して不変な性質から、 関数 $\chi$ は $G$ の共役類上で定数になっています。

例2
リー代数で出てくるキリング形式
$\ \ \ B(x,y)=\tr(ad(x)ad(y))$
は単純リー代数の分類に不可欠です。

例3
微分幾何ではリッチテンソル
$\ \ \ \mathrm{Ric}(X,Y)=\tr(Z\mapsto R(Z,X)Y)$
はリーマン多様体の重要なテンソルです。
トレースの基底変換不変な性質から、多様体の座標変換に対して不変な値になっています。

トレースは数学的対象の不変量

このように、トレースの基底変換不変な性質から、 群や多様体のような数学的対象の不変量を定義することができます。
しかも、固有値を1つ1つ求めたり、行列式detよりもはるかに簡単です。
そういうわけで、トレースは重要な概念だということです。
不変量の重要性を理解している人はトレースが重要であることに納得してくれると思います。

というわけで、話は以上です。
ありがとうございました。

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