Takatani Note

エルミート行列【性質と証明】

$ \def\all{\forall} \def\go{\Rightarrow} \def\come{\Leftarrow} \def\Go{\Longrightarrow} \def\Come{\Longleftarrow} $

この記事では、エルミート行列について次の性質を証明します。

証明の前に定義を確認しておきます。

定義
$n$ 次複素正方行列 $A$ が $A^*=A$ を満たすとき, $A$ をエルミート行列(Hermitian matrix)という.

たとえば, 対称行列はエルミート行列である.


$\m{ 2 & i \cr -i & 1 }$ はエルミート行列である.

$\m{ 1 & 0 \cr 0 & i }$ はエルミート行列でない.

エルミート行列の性質

はじめに復習として, 複素正方行列 $A$ に対して, (※エルミート行列とは限らない.) $$ (A\x,\y)=(\x,A^*\y) \ \ \ \ \ (\all \x,\y \in \C^n) $$ が成り立つことを思い出そう. (実際, $(A\x,\y)={}^t(A\x)\ol{\y}$ $={}^t \x {}^t A \ol{\y}$ $={}^t \x \ol{(A^*\y)}$ $=(\x,A^*\y).$) この事実は以下の定理の証明によく用いられる.

随伴性

定理
$A\in M_n(\C)$ とする. このとき,
$A$ がエルミート行列 $\iff$ $(A\x,\y)=(\x,A\y)\ $ $(\all \x,\y\in \C^n)$

証明
[証明]  ($\Go$) $A=A^*$ により $$(A\x,\y)=(\x,A^*\y)=(\x,A\y). $$ ($\Come$) 各 $\x,\y\in \C^n$ に対して $$\eq{ (A\x,\y)=(\x,A\y) & \iff (\x,A^*\y)=(\x,A\y) \\ & \iff (\x,(A^*-A)\y)=0. }$$ 従って, とくに $\x=(A^*-A)\y$ のとき, $$ ((A^*-A)\y,(A^*-A)\y)=0. $$ ゆえに $(A^*-A)\y=0$ である. $\y$ は任意だから $A^*=A.$

2次形式

定理
$A\in M_n(\C)$ をエルミート行列とする. このとき, $$ (A\x,\x)=0\ \ \ (\all \x\in \C^n) \ \ \ \Go \ \ \ A=O. $$

証明
[証明]  任意の $\x,\y\in \C^n$ に対して, $$\eq{ 4(A\x,\y) & = (A(\x+\y),\x+\y) - (A(\x-\y),\x-\y) \\ & \ \ \ +i(A(\x+i\y),\x+i\y) - i(A(\x-i\y),\x-i\y) }$$ と変形できるので, 仮定によって右辺の4つの内積はすべて $0$ となる. 従って $$ (A\x,\y)=0 \ \ \ \ \ (\all \x,\y\in \C^n). $$ よって $A=O.$

定理
$A\in M_n(\C)$ とする. このとき,
$A$ がエルミート行列 $\iff$ $(Ax,x)\in \R\ $ $(\all x\in \C^n).$

証明
[証明]  ($\Go$) 各 $\x\in \C^n$ に対して $$ (Ax,x)=(x,A^*x)=(x,Ax)=\ol{(Ax,x)}. $$ $$ \th \ (Ax,x) \in \R. $$ ($\Come$) 各 $x\in \C^n$ に対して $$ (Ax,x)=\ol{(x,Ax)}=(x,Ax)=(A^*x,x). $$ $$ \th ((A-A^*)x,x)=0. $$ 前定理により $A=A^*.$

固有値はすべて実数

定理
エルミート行列の固有値はすべて実数である.

証明
[証明]  $A\x=\l \x\ (\x\neq 0)$ ならば, $$\eq{ \l(\x,\x) & =(\l \x,\x)=(A\x,\x)=(\x,A^*\x) \\ & =(\x,A\x)=(\x,\l \x)=\ol{\l}(\x,\x). }$$ 従って $(\l-\ol{\l})(\x,\x)=0.\ $ ゆえに $\l=\ol{\l}.\ $ よって $\l\in \R.$

固有ベクトルの直交性

定理
エルミート行列の相異なる固有値に属する固有ベクトルは互いに直交する.

証明
[証明]  $A\x=\l \x,\ A\y=\mu \y,\ $ $\l\neq \mu$ とする. $$\eq{ \l(\x,\y) & =(\l \x,\y)=(A\x,\y)=(\x,A^*\y) \\ & =(\x,A\y)=(\x,\mu \y)=\ol{\mu}(\x,\y)=\mu(\x,\y). }$$ $$ \th (\l-\mu)(\x,\y)=0. $$ $$ \th (\x,\y)=0. $$

エルミート行列はユニタリ行列で対角化される

定理
$A\in M_n(\C)$ とする. このとき,
$A$ がエルミート行列 $\iff$ $A$ はあるユニタリ行列 $U$ によって対角成分が実数からなる行列に対角化される: $$ U^{-1}AU= \m{ \l_1 & & O \cr & \ddots & \cr O & & \l_n } \ \ \ \ \ (\l_1,\cd,\l_n\in \R) $$

証明
[証明]  ($\Come$) $A$ がユニタリ行列 $U$ によって対角化されたとし, その対角行列を $T=U^{-1}AU\ $ $(=U^*AU)$ とおく. 仮定により $T=T^*.$ 従って $$ U^*AU=T=T^*=(U^*AU)^*=U^* A^* U^{**}=U^*A^*U. $$ $$ \th \ A=A^*.$$ ($\Go$) 一般に複素正方行列 $A\in M_n(\C)$ はあるユニタリ行列 $U$ によって $$ B:=U^{-1}AU=U^*AU= \m{ b_{11} & b_{12} & \cd & b_{1n} \cr & b_{22} & \cd & b_{2n} \cr & & \ddots & \vdots \cr O & & & b_{nn} } $$ となる. (参照:行列の三角化.) 従って $$ B^*=U^*A^*U= \m{ \ol{b}_{11} & & & O \cr \ol{b}_{12} & \ol{b}_{22} & & \cr \vdots & \vdots & \ddots & \cr \ol{b}_{1n} & \ol{b}_{2n} & \cd & b_{nn} } $$ である. $A=A^*$ なので $B=B^*.$ ゆえに行列の各成分を比較すれば $$\eq{ & b_{ii}=\ol{b}_{ii} &\ \ \ (i=1,2,\cd,n), \\ & b_{ij}=0 &\ \ \ (i\neq j). }$$ よって $B$ は実行列である.

この定理の一般化として次が成り立つ.
『$A$ が正規行列 $\iff$ $A$ はあるユニタリ行列 $U$ によって対角化される. 』
証明は正規行列【性質と証明】参照.