Takatani Note

正規行列【性質と証明】

$ \def\a{\alpha} \def\iff{\hspace{1.2pt}\Longleftrightarrow\hspace{1.2pt}} $

この記事では、正規行列の性質を証明します。

証明の前に定義を確認しておきます。

定義
$n$ 次複素正方行列 $A$ が $$ A^*A=AA^* $$ を満たすとき, $A$ を正規行列(normal matrix)という.


$M_n(\C)$ において, ユニタリ行列, エルミート行列, 歪エルミート行列はすべて正規である.
$M_n(\R)$ において, 直交行列, 対称行列, 歪対称行列はすべて正規である.

しかし, すべての正規行列が上記のどれかに分類されるわけではない.


次の複素行列 $A$ は正規行列だが, ユニタリ行列でもエルミート行列でも歪エルミート行列でもない.
$$ A= \m{ 2 & 0 \cr 0 & i },\ \ \ \ \ A^*A=AA^*= \m{ 4 & 0 \cr 0 & 1 }. $$


次の実行列 $A$ は正規行列だが, 直交行列でも実対称行列でも実交代行列でもない.
$$ A=\m{1 & 1 & 0 \cr 0 & 1 & 1 \cr 1 & 0 & 1 },\ \ \ \ \ A^*A=AA^*= \m{ 2 & 1 & 1 \cr 1 & 2 & 1 \cr 1 & 1 & 2 }. $$

正規行列の性質

正規行列はユニタリ行列で対角化される

定理
$A$ を $n$ 次複素正方行列とする. このとき,
$A$ が正規行列 $\iff$ $A$ はあるユニタリ行列によって対角化される.

証明
[証明]  $(\coo)$ $A$ がユニタリ行列 $U$ によって対角化されたとし, その対角行列を $T=U^{-1}AU$ とおく. $U^{-1}=U^*$ であるから, $$T=U^*AU $$ である. また $$ T^*=(U^*AU)^*=U^* A^* U^{**}=U^*A^*U $$ も対角行列であるから $TT^*=T^*T.$ ゆえに ($UU^*=U^*U=I$ により) $$\eq{ U^*AA^*U & =(U^*AU)(U^*A^*U)=TT^*=T^*T \\[2pt] & =(U^*A^*U)(U^*AU)=U^*A^*AU. }$$ よって $AA^*=A^*A.$

$(\goo)$ 一般に複素正方行列 $A\in M_n(\C)$ はあるユニタリ行列 $U$ によって $$ B=U^{-1}AU=U^*AU= \m{ b_{11} & b_{12} & \cd & b_{1n} \cr & b_{22} & \cd & b_{2n} \cr & & \ddots & \vdots \cr O & & & b_{nn} } $$ となる. (参照:行列の三角化.) 従って $$ B^*=U^*A^*U= \m{ \ol{b}_{11} & & & O \cr \ol{b}_{12} & \ol{b}_{22} & & \cr \vdots & \vdots & \ddots & \cr \ol{b}_{1n} & \ol{b}_{2n} & \cd & b_{nn} } $$ である. $A$ は正規行列なので $$\eq{ B^*B & =(U^*A^*U)(U^*AU)=U^*A^*AU=U^*AA^*U \\[2pt] & =(U^*AU)(U^*A^*U)=BB^*. }$$ ゆえに $B$ も正規行列である. 等式 $B^*B=BB^*$ について両辺の行列 $(1,1)$ 成分を比較すれば $$\eq{ & \ol{b}_{11}b_{11} & =b_{11}\ol{b}_{11} +b_{12}\ol{b}_{12}+\cd+b_{1n}\ol{b}_{1n} \\ \iff & \hspace{20pt} 0 & = b_{12}\ol{b}_{12}+\cd+b_{1n}\ol{b}_{1n} \\ \iff & \hspace{20pt} 0 & = |b_{12}|^2+\cd+|b_{1n}|^2 \\ \iff & \hspace{20pt} 0 & = b_{12}=b_{13}=\cd=b_{1n}. }$$ 以下, 同様に $(i,i)$ 成分を比べることによって $$ b_{i (i+1)}=b_{i(i+2)}=\cd=b_{in}=0 \ \ \ \ \ (i=1,2,\cd, n) $$ を得る. よって $B$ は対角行列である.

固有値

定理
$A\in M_n(\C)$ について,
(1) $A$ がエルミート行列 $\iff$ $A$ の固有値はすべて実数.
(2) $A$ が歪エルミート行列 $\iff$ $A$ の固有値はすべて純虚数.
(3) $A$ がユニタリ行列 $\iff$ $A$ の固有値はすべて絶対値 $1$ の複素数.

[証明]  [永田 定理5.2.4]参照.
まず, あるユニタリ行列 $U$ によって $A$ を対角化すれば, 対角行列 $T:=U^*AU$ が得られ, その対角成分を $\a_1,\cd,\a_n$ とする. このとき, $T^*=(U^*AU)^*=U^*A^*U.$ また, $A$ が正則であるときは $T^{-1}=U^*A^{-1}U.$ 従って, 各 $j=1,2,\cd,n$ に対して次が成り立つ. $$\eq{ & A^*=A & \iff T^*=T & \iff \ol{\a_j}=\a_j & \iff \a_j \te{は実数}. \\[4pt] & A^*=-A & \iff T^*=-T & \iff \ol{\a_j}=-\a_j & \iff \a_j \te{は純虚数}. \\[4pt] & A^*=A^{-1} & \iff T^*=T^{-1} &\iff \ol{\a_j}=\a_j^{-1} & \iff |\a_j|=1. }$$

定理
正規な上三角行列は対角行列である.

証明
[証明]  $A\in M_n(\C)$ を正規な上三角行列とする. 上三角行列の定義から, $$ A= \m{ a_{11} & a_{12} & \cd & a_{1n} \cr & a_{22} & \cd & a_{2n} \cr & & \ddots & \vdots \cr O & & & a_{nn} } ,\ \ \ \ A^*= \m{ \ol{a}_{11} & & & O \cr \ol{a}_{12} & \ol{a}_{22} & & \cr \vdots & \vdots & \ddots & \cr \ol{a}_{1n} & \ol{a}_{2n} & \cd & a_{nn} } $$ である. $A$ は正規行列なので $A^*A=AA^*.$ この等式について両辺の行列 $(1,1)$ 成分を比較すれば $$\eq{ & \ol{a}_{11}a_{11} & =a_{11}\ol{a}_{11} +a_{12}\ol{a}_{12}+\cd+a_{1n}\ol{a}_{1n} \\ \iff & \hspace{20pt} 0 & = a_{12}\ol{a}_{12}+\cd+a_{1n}\ol{a}_{1n} \\ \iff & \hspace{20pt} 0 & = |a_{12}|^2+\cd+|a_{1n}|^2 \\ \iff & \hspace{20pt} 0 & = a_{12}=a_{13}=\cd=a_{1n}. }$$ 以下, 同様に $(i,i)$ 成分を比べることによって $$ a_{i (i+1)}=a_{i(i+2)}=\cd=a_{in}=0 \ \ \ \ \ (i=1,2,\cd, n) $$ を得る. よって $A$ は対角行列である.

$\l$ が $A$ の固有値 $\Rightarrow$ $\ol{\l}$ は $A^*$ の固有値

定理
$A\in M_n(\C)$ を正規行列, $\l$ を $A$ の固有値とし, $A\x=\l\x\ $ $(\x\neq \0)$ とする. このとき, $\ol{\l}$ は $A^*$ の固有値であり, さらに $A^*\x=\ol{\l}\x.$

証明
[証明]  $B=(A-\l I)$ とおく. $AA^*=A^*A$ により, $BB^*=B^*B$ であることに注意しよう. $\x(\neq \0)$ を $\l$ に対する $A$ の固有ベクトルとすると, $B\x=(A-\l I)\x=\0$ だから, $$\eq{ 0=(B\x,B\x)=(\x,B^*B\x)=(\x,BB^*\x) =(B^*\x,B^*\x). }$$ 内積の定義により $B^*\x=0.$ ゆえに, $$ B^*\x=0 \iff (A^*-\ol{\l} I)\x=0 \iff A^*\x=\ol{\l}\x.$$ よって $\ol{\l}$ は $A^*$ の固有値である.

定理
$\def\nx#1{\|#1\|} \def\Re{\mathrm{Re}}$ $A\in M_n(\C)$ とし, $(\x,\y)$ をエルミート内積とする. このとき,
$A$ が正規作用素 $\iff$ $\nx{A^*\x}=\nx{A\x}\ \ (\all \x\in \C^n).$

証明
[証明]  $(\goo)$ 各 $\x\in \C^n$ に対して $$ \nx{A\x}^2=(A\x,A\x)=(\x,A^*A\x)=(\x,AA^*\x) =(A^*\x,A^*\x)=\nx{A^*\x}^2. $$ $(\coo)$ $\x,\y\in \C^n$ とする. このとき, $$\eq{ \Re(A\x,A\y) & =\f{1}{4}(\nx{A\x+A\y}^2 - \nx{A\x-A\y}^2) \\ & =\f{1}{4}(\nx{A^*\x+A^*\y}^2 - \nx{A^*\x-A^*\y}^2) \\ & =\Re(A^*\x,A^*\y). }$$ したがって, $$ \Im(A\x,A\y) = -\Re(Ai\x,A\y)= -\Re(A^*i\x,A^*\y) = \Im(A^*\x,A^*\y). $$ このことは $$ (\x,A^*A\y)=(A\x,A\y)=(A^*\x,A^*\y)=(\x,AA^*\y). $$ 意味する. ゆえに $A^*A=AA^*.$ よって, $A$ は正規である.

正規変換のスペクトル分解

定義
内積空間 $V$ の部分空間 $W$ に対して, $W$ の直交補空間を $W^\perp$ とすれば, $V$ の任意の元 $\x$ は $$ \x=\x'+\x'',\ \ \ \ \ \x'\in W,\ \x''\in W^\perp $$ と一意的に表される. $\x$ に $\x'$ に対応させる写像 $P$ は $V$ の線形変換である. これを $V$ の $W$ への正射影子という.

定理
$V$ の線形変換 $P$ がある部分空間 $W$ への正射影子であるための 必要十分条件は $$ P^2=P,\ \ \ \ \ P^*=P. $$

定理 (スペクトル分解)
$V$ を有限次元複素内積空間, $T$ を $V$ の正規変換とする. $\a_1,\cd,\a_s$ を $T$ の相異なる固有値の全体とし, $W(\a_i)$ をそれぞれの固有空間とする. 直和分解 $$ V=W(\a_1) \oplus \cd \oplus W(\a_s) $$ から定まる $V$ から $W(\a_i)$ への射影を $P_i$ とする. このとき, $P_i\ (i=1,\cd,s)$ は $$ P_iP_j=0\ (i\neq j),\ \ \ P_1+\cd+P_s=I $$ を満たす正射影子であって, $T$ は $$ T=\a_1P_1+\a_2P_2+\cd +\a_sP_s $$ と表される.

上の式を正規変換 $T$ のスペクトル分解という.

例題
次の行列のスペクトル分解を求めよ.
$\ \ \ A= \m{ 0 & 1 \cr 1 & 0 }$

解答
[解答]  行列 $A$ について, 固有多項式が $x^2-1$ なので, 固有値は $1$ と $-1$ である. $$A-I= \m{ -1 & 1 \cr 1 & -1},\ \ \ \ \ A+I= \m{ 1 & 1 \cr 1 & 1} $$ により, $$ v_1=\m{1 \\ 1},\ \ \ \ \ v_2=\m{1 \\ -1} $$ とおくと, 固有空間は $$ W(1)=\Ker(A-I)=\lan v_1 \ran,\ \ \ \ \ W(-1)=\Ker(A+I)=\lan v_2 \ran $$ である.
さて, $\C^2$ から $W(1)$ への正射影を $P_1$ とする. このとき, $$ P_1v_1=v_1,\ \ \ \ \ P_1v_2=0 $$ を満たすので, $$ P_1(v_1\ v_2)=(v_1\ 0) $$ を得る. 従って $$\eq{ P_1 & =(v_1\ 0)(v_1\ v_2)^{-1}= \m{ 1 & 0 \cr 1 & 0} \m{ 1 & 1 \cr 1 & -1}^{-1} \\ & = \m{1 & 0 \cr 1 & 0} \f{1}{-2} \m{ -1 & -1 \cr -1 & 1} \\ & = \f{1}{2} \m{1 & 0 \cr 1 & 0} \m{ 1 & 1 \cr 1 & -1} =\f{1}{2} \m{ 1 & 1 \cr 1 & 1}. }$$
$\C^2$ から $W(-1)$ への正射影を $P_2$ とすると, $P_1+P_2=I$ により, $$ P_2=I-P_1=\f{1}{2} \m{ 1 & -1 \cr -1 & 1 }.$$ よって, $A$ のスペクトル分解は
$$ A=P_1-P_2=\f{1}{2} \m{ 1 & 1 \cr 1 & 1} -\f{1}{2} \m{ 1 & -1 \cr -1 & 1}. $$