相対位相
この記事では, 相対位相の定義・例・性質を紹介します。
記事の後半では遺伝的という概念について説明します。
相対位相とは
位相空間の任意の部分集合に対して, 次の「相対位相」という自然な位相を導入できる.
定義
$(X,\O)$ を位相空間とし, $A$ を $X$ の空でない部分集合とする.
$$ \O_A:=\{A\cap U\mid U\in \O\} $$
は集合 $A$ の位相である.
$\O_A$ を $A$ の $\O$ に関する相対位相(relative topology)といい, 位相空間 $(A,\O_A)$ を
$X$ の部分空間(subspace)という.
混乱の恐れがなければ, 部分空間 $(A,\O_A)$ を単に $A$ で表す.
例
$\R$ の部分空間としての $\Z$ は離散空間である.
実際, 任意の $n\in\Z$ に対して, 開区間 $I_n:=(n-1,n+1)$
をとると, $\{n\}=\Z\cap I_n$ が成り立つ.
従って, $\Z$ のすべての部分集合は部分空間 $\Z$ の開集合である.
例
$\R^3$ の部分空間としての球面:
$$ S^2=\{(x,y,z)\in \R^3\mid x^2+y^2+z^2=1\} $$
について, $S^2$ の $z>0$ を満たす点全体を $S^+$ と表すことにする.
このとき, $S^+$ は $S^2$ の開集合である.
注意
$\R$ における半開区間 $A:=[0,1)$ について.
$A$ は $\R$ の開集合でも閉集合でもない.
しかし, $A$ は(部分空間としての) $A$ の開集合かつ閉集合である.
このように, どの位相空間で考えるかによって,
部分集合が開集合(または閉集合)であるかどうかが違ってくる.
性質
相対位相と連続写像
この項の内容は本記事で最も重要である.
写像が連続であるという性質は,
その写像の定義域を制限しても保存される.
定理
$X,Y$ を位相空間, $f:X\to Y$ を連続写像とし,
$A\sub X$ とする.
このとき, $f$ の定義域を $A$
に制限した写像 $f|_A:A\to Y$ も連続写像である.
[証明]
$O$ を $Y$ の開集合とすると,
$$ f|_A^{\ \ -1}(O)=f^{-1}(O)\cap A $$
が成り立つ. $f^{-1}(O)$ は $X$ の開集合であるから, 相対位相の定義より
$f|_A^{\ \ -1}(O)$ は $A$ の開集合である.
従って, $f|_A$ は連続写像である.
注意 開写像(または閉写像)は定義域を制限したら,
開写像(または閉写像)でなくなる場合がある.
例えば, $X$ を密着位相が入った $\R$ とする.
恒等写像 $\id :X\to X$ はもちろん開写像かつ閉写像である.
しかし, 定義域を開区間 $I:=(0,1)$ に制限した $\id|_I:I\to X$ は全射でない包含写像であり, したがって開写像でも閉写像でもない.
定理の例を1つ挙げる.
例
写像 $f:\R^3\to\R$ を $f(x,y,z)=z$ で定めると,
$f$ は連続である.
$f$ の定義域を球面 $S^2$ に制限した写像
$f|_{S^2}:S^2\to \R$ も連続である.
※位相を習うまでは連続関数の定義域を $\R^n$ や開区間などで考えることが多かった. これからは(特に幾何学では)球面のような空間(図形)上の連続関数を考える場合が増えていく.
閉集合も $F\cap A$ という形に表せる
(相対位相の定義より)位相空間 $X$ の部分空間 $A$ について,
$A$ の任意の開集合 $O$ は, ある $X$ の開集合 $U$ が存在して,
$O=U\cap A$ という形で表される.
同様のことが, $A$ の閉集合についても成り立つ.
命題
$X$ を位相空間, $A$ をその部分空間とする.
このとき, $A$ の任意の閉集合は, ある $X$ の閉集合と,
$A$ との共通部分で表される.
- ▼ 証明
-
[証明]
$F$ を $A$ の任意の閉集合とする.
$F$ の補集合 $A\sm F$ は $A$ の開集合であるから, $X$ のある開集合 $U$ が存在して,
$$ A\sm F=A\cap U $$ が成り立つ. 上式の両辺に対して, (全体集合を $A$ とする)補集合をとると, 左辺は $F$ であり, 右辺は $$ A\sm (A\cap U)=A\sm U=A\cap (X\sm U) $$ である. したがって, $$ F=A\cap (X\sm U) $$ なので, $X\sm U$ は $X$ の閉集合である.
$A$ の開集合は必ずしも $X$ の開集合でない
この項の内容はあまり役に立つ場面が少ないが, 問題演習や発展的な内容でたまに使う.
$X$ を位相空間, $A$ をその部分空間とする.
このとき, $A$ の開集合は必ずしも $X$ の開集合ではない.
例えば, 通常の位相が入った $\R$ と, その部分空間 $[0,1]$ について,
$[0,1)$ は $[0,1]$ の開集合であるが, $\R$ の開集合ではない.
しかし, 次の命題が成り立つ.
命題
$X$ を位相空間, $A$ をその部分空間とする.
$A$ が $X$ の開集合ならば,
$A$ の任意の開集合は $X$ の開集合でもある.
[証明]
$A$ の開集合は, $X$ の開集合 $O$ によって
$O\cap A$ の形に表される.
$A$ が $X$ の開集合ならば, $O\cap A$ も $X$ の開集合となる.
この命題は開集合を閉集合に置き換えても成り立つ. 証明は同様である.
命題
$X$ を位相空間, $A$ をその部分空間とする.
$A$ が $X$ の閉集合ならば,
$A$ の任意の閉集合は $X$ の閉集合でもある.
[証明]
$A$ の閉集合は, $X$ の閉集合 $F$ によって
$F\cap A$ の形に表される.
$A$ が $X$ の閉集合ならば, $F\cap A$ も $X$ の閉集合となる.
遺伝的
この節では付録として「遺伝的」という概念を扱う.
この概念は位相空間論以外の分野で使うことが全くない.
しかし, 位相空間論では「この位相的性質は遺伝的であるか?」という問題が研究テーマとして扱われる.
位相空間論でどんな研究がされてきたのか知ることは,
将来, 他の分野を専攻して研究する人でも有益であると思う.
なので以下の内容に少しでも興味を持ってもらいたい.
定義
位相空間 $X$ がある位相的性質 $P$
(ハウスドルフやコンパクトなど)を持っているとする.
$X$ の任意の部分空間が性質 $P$ を持っているとき,
$X$ は遺伝的
(hereditary)であるという.
$X$ の任意の閉部分空間が性質 $P$ を持っているとき,
$X$ は弱遺伝的
(weakly hereditary)であるという.
その名のとおり, 弱遺伝的は遺伝的よりも条件が弱い概念である.
例
・ハウスドルフは遺伝的である.
・コンパクトは遺伝的でないが弱遺伝的である.
・連結は遺伝的でなく, 弱遺伝的でさえない.
・正規は弱遺伝的である.
・第1可算性は遺伝的である.
・第2可算性は遺伝的である.
位相の新しい概念が出てきて, それが位相的性質であれば, その概念は遺伝的か?弱遺伝的か?という研究テーマが生まれる. さらに, その問題が自明でないならば論文のテーマになりうる.