Takatani Note

中山の補題【証明&応用】

\[ \newcommand{\m}{\mathfrak{m}} \newcommand{\d}{\delta} \]

次の補題を「中山の補題」(Nakayama's lemma)と言います。

中山の補題
$A$ を環, $I$ は $I\subset \rad(A)$ を満たす $A$ のイデアルとする.
$M$ を有限生成 $A$ 加群とする.
このとき, $M=IM$ ならば $M=0.$

この記事では、次の内容を扱います。

応用では3つの定理を証明します。
その中の2つが代数幾何学でよく使われるので、理解して覚えておいたほうがいいです。

中山の補題の証明

背理法による証明

最初に $\rad(A)$ を定義して, 命題を示す.

定義
$\rad(A)$ を環 $A$ のすべての極大イデアルの共通部分とする.

命題
$A$ を環とする.
$x\in \rad(A)$ ならば, $1-x$ は $A$ の可逆元である.

証明
[証明]
$1-x$ は $A$ の可逆元でないと仮定する.
このとき, $(1-x)A\subsetneq A$ である. $\m$ を \[ (1-x)A\subset \m \subsetneq A \] が成り立つ極大イデアルとする.
$(1-x)A\subset \m$ より, $1-x\in \m$ である.
また, $x\in \mathrm{rad}(A)$ より, $x\in \m.$
従って, $1\in \m.$ となるが, それだと $\m=A$ となってしまい矛盾する.

この命題を使って中山の補題を示そう.

中山の補題
$A$ を環, $I$ は $I\subset \rad(A)$ を満たす $A$ のイデアルとする.
$M$ を有限生成 $A$ 加群とする.
このとき, $M=IM$ ならば $M=0.$

証明
[証明]
$M\neq 0$ と仮定する.
$M$ は有限生成なので, 有限個の $m_i\in M$ と使って,
\[ M=Am_1+\cdots Am_k \] と表せる.
ただし, $k$ は $M$ を生成する「最小」の個数とする.

$M=IM$ より, $m_1\in IM$ なので,
\[ m_1 =a_1m_1+\cdots a_km_k \ \ (a_1,\cdots,a_k\in I) \] と表せる. この式を変形すると,
\[ (1-a_1)m_1 =a_2m_2+\cdots a_km_k. \] $a_1\in I\subset \rad(A)$ なので, 命題より, $1-a_1$ は可逆元である.

ゆえに
\[ m_1 =(1-a_1)^{-1}a_2m_2+\cdots (1-a_1)^{-1}a_km_k. \] よって \[ M=Am_2+\cdots +AM_k. \] つまり $M$ は $k-1$ 個の元で生成される.
これは $k$ の最小性に矛盾する.

とくに $A$ が局所環のとき, 中山の補題は次のような形になる.


$(A,\m)$ を局所環とする.
$M$ を有限生成 $A$ 加群とする.
このとき, $M=\m M$ ならば $M=0.$

可換環論や代数幾何学では, 局所環の場合を考えることが多く, 中山の補題も局所環のときに(上の系を)使うことが多い.

ケーリー・ハミルトンの定理を使った証明

定理 (ケーリー・ハミルトンの定理)
$A$ 加群 $M$ が $A$ 上に $n$ 個の元で生成され, $\v\in \Hom_A(M,M)$ とする.
$I$ が $A$ のイデアルで $\v(M)\subset IM$ ならば, $M$ の写像として \[ (*)\hspace{20pt} \v^n+a_1\v^{n-1} +\cdots+a_{n-1}\v+a_n=0,\ \ a_i\in I^i\ \ (1\leq i\leq n) \] の形の関係が成り立つ.

証明
$M=A\o_1+\cdots+A\o_n$ とすれば, 仮定 $\v(M)\subset IM$ により, $\v(\o_i)=\sum_{j=1}^na_{ij}\o_j$ となる $a_{ij}\in I$ が存在する. これを \[ \sum_{j=1}^n(\v\d_{ij}-a_{ij})\o_j=0 \ \ \ (1\leq i\leq n) \] と書き直す. ただし $\d_{ij}$ はクロネッカーの記号である.

この1次方程式系の係数の正方行列 $(\v\d_{ij}-a_{ij})$ を, 加法群 $M$ の自己準同型環 $E$ の中で $A$ の像 $A'$ と $\v$ とで生成される可換部分環 $A'[\v]$ 上の行列と見て, その $(i,j)$ 余因子を $b_{ij}$ とし, 行列式 $\det (\v\d_{ij}-a_{ij})$ を $d$ とおけば, 上式に $b_{ik}$ を乗じ $i$ について加えることにより, 任意の $1\leq k \leq n$ に対して $d\o_k=0$ が得られる.

したがって $d\cdot M=0$ であるから, $E$ の元として $d=0$ である. 行列式 $d$ を展開すれば定理の $(*)$ の形の式が得られる.

[注意]
証明からわかるように, $(*)$ の左辺は $(a_{ij})$ の固有多項式 \[ f(X)=\det(X\d_{ij}-a_{ij}) \] の $X$ に $\v$ を代入したものである.
$M$ が $\o_1,\cdots,\o_n$ を基底とする $A$ 上の自由化群で $I=A$ の場合には, 上の定理は「正方行列 $\v(a_{ij})$ の固有多項式を $f(X)$ とすれば $f(\v)=0$ である」という古典的なケーリー・ハミルトンの定理にほかならない.

なお,線形代数のケーリー・ハミルトンの定理についてはケーリー・ハミルトンの定理に詳しい解説がある.

では, この定理を用いて中山の補題をもう一度証明しよう.

中山の補題の別証
[証明]
前定理で $\v=1$ (恒等写像)とおけば, \[ a=1+a_1+\cdots +a_n \] が $M$ の自己準同型として $0$ (すなわち $AM=0$)であり, \[ a\equiv 1 \mod I\] である. もし $I \subset \rad(A)$ なら $a$ は $A$ の単元であるから, $aM=0$ の両辺に $a^{-1}$ をかければ $M=0$ を得る.

中山の補題の反例

中山の補題は「$M$ が有限生成である」という条件をなくすと一般には成り立たない.


$R=\C[x], \p=(x)$ とし,
$A=R_{\p}, I=xR_{\p}$ とおく.
(※ $A$ は局所環であり, $I$ は極大イデアルである.)
$K$ を $A$ の商体とする.
(※ $K$ は $A$ 加群だが有限生成でない.)
このとき, $K=IK$ なのに $K\neq 0$ である.

証明
[証明]
$K \supset IK$ なので, $K \subset IK$ を示すだけでよい.
任意の $a\in K$ に対して,
\[ a=x\left(\dfrac{a}{x}\right)\in IK \] なので, $K=IK$ である.

中山の補題の応用

中山の補題の応用として, 3つの有用な定理を示す.

定理A
$A$ を環, $I\subset \mathrm{rad}(A)$ を $A$ のイデアルとする.
$M$ を $A$ 加群, $N$ を $M$ の部分加群とする.
さらに, $M/N$ は有限生成とし,
$N+IM=M$ であるとする.
このとき, $N=M.$

証明
[証明]
$N+IM=M$ より,
\[\eq{ M/N & =(N+IM)/N \\ & \cong IM/(N\cap IM) \\ & =IM/IN \\ & \cong I(M/N). }\] $M/N$ は有限生成なので, 中山の補題より $M/N=0.$
よって $M=N.$

この定理から次の有用な定理を得る.

定理B
$A$ を環, $I\subset \mathrm{rad}(A)$ を $A$ のイデアルとする.
$M$ を 有限生成 $A$ 加群とする.
$p$ を射影 $p:M\to M/IM$ とする.
$M$ の元 $m_1, \cdots ,m_k$ の射影 $p(m_1), \cdots ,p(m_k)$ が $M/IM$ を生成するとしよう.
このとき, $m_1,\cdots ,m_k$ は $M$ を生成する.

証明
[証明]
$N$ を $m_1, \cdots , m_k$ によって生成される $M$ の部分加群とする.
$M$ は有限生成なので, $M/N$ も有限生成である.
$N+IM=M$ を示す.
$\subset$ は明らかなので $\supset$ を示せばよい.

任意の $m\in M$ をとる.
$p(m_1), \cdots ,p(m_k)$ が $M/IM$ を生成するから,
\[ p(m)=c_1p(m_1)+\cdots c_kp(m_k)\ \ (c_i\in A)\] と表せる.

上式はすなわち
\[\eq{ m+IM & =c_1(m_1+IM)+\cdots c_k(m_k+IM) \\ & =(c_1m_1+\cdots +c_km_k)+IM \\ & \subset N+IM. }\] したがって $0\in IM$ より
\[ m=m+0\in N+IM.\] ゆえに $N+IM=M.$
定理Aより, $N=M.$
よって, $m_1,\cdots, m_k$ は $M$ を生成する.

$A$ が局所環のときは次のようになる.


$(A,\m)$ をネーター局所環,
$M$ を 有限生成 $A$ 加群,
$m_1, \cdots ,m_k$ を $M$ の元とする.
$\ol{m_1}, \cdots ,\ol{m_k}$ が $M/\m M$ を生成するとしよう.
このとき, $m_1,\cdots ,m_k$ は $M$ を生成する.

この系は代数幾何学でよく使われる.
たとえば, ハーツホーンでは「中山の補題より」と書いていれば, 上の系を使っていることが多い.

最後に補題3を証明する.

定理C
$A$ を環, $I\subset \mathrm{rad}(A)$ を $A$ のイデアルとする.
$M$ を $A$ 加群, $N$ を有限生成$A$ 加群とする.
$\v:M\to N$ を $A$ 加群の準同型写像とする.
$\v$ によって誘導される射 $\ol{\v}:M/IM\to N/IN$ が全射とする.
このとき, $\v$ は全射である.

証明
[証明]
まず, $\ol{\v}$ は
\[ \ol{\v}(m+IM)=\v(m)+IN \] で定義されることに注意しよう.
※この $\v$ はwell-definedである.

$p:M\to M/IM,\ \ $ $q:N\to N/IN$ を射影とする.
このとき, 次の図式は可換になる.
\[ \begin{array}{ccc} M & \xto{\varphi} & N \cr p\downarrow \ & \circlearrowleft & \ \downarrow q \cr M/IM & \xto{\overline{\varphi}} & N/IN \end{array} \] } $N$ は有限生成なので, $N/IN$ も有限生成である.
そこで $n_1,\cdots n_k$ が $N/IN$ を生成するとしよう.
$\ol{\v}$ と $p$ は全射なので, $\ol{\v}\circ p$ も全射である.
従って, 各 $n_i$ に対して $\ol{\v}\circ p (m_i)=n_i$ となる $m_i\in M$ がとれる.

$\v(m_1),\cdots, \v(m_k)$ が $N$ を生成することを示せば, $\v$ が全射であることが言えるので, それを証明しよう.

上の可換図式より,
\[ q(\v(m_i))=(\ol{\v}\circ p)(m_i)=n_i \] である.
つまり, $N$ の元 $\v(m_i)$ の射影が $n_i$ であるということである.
従って, $\v(m_1),\cdots, \v(m_k)$ の射影 $n_1,\cdots n_k$ が $N/IN$ を生成する.
ゆえに, 定理Bより, $\v(m_1),\cdots, \v(m_k)$ は $N$ を生成する.
よって, $\v$ は全射である.

とくに $A$ が局所環のときは次のとおり.


$(A,\m)$ をネーター局所環とし,
$\v:M\to N$ を $A$ 加群の準同型写像とする.
$N$ は有限生成とする.
$\v$ によって誘導される線形写像 $\v^\#:M/\m M\to N/\m N$ が全射とする.
このとき, $\v$ は全射である.

※ $M/\m M$ と $N/\m N$ は体 $A/m$ 上の線形空間であり, $\v^\#$ が線形写像である.

定理Cより, 加群の射が全射であることを示すには, 線形写像が全射であることを示すことに帰着されることになる.
このことは代数幾何学において「連接層の間の射が全射である」を示すときに役に立つ.

[注意]
定理A,定理B,定理Cとそれらの系も文献によっては中山の補題と言われることがある.
たとえば, (さっきも言及したが)ハーツホーンでは証明で「中山の補題より」という文言があれば、それは「定理Bより」という意味である場合が多い.