Takatani Note

バナッハ空間【性質と証明】

$ \def\norm#1{\| #1 \|} \def\nx#1{\| #1 \|} \def\D{\mathcal{D}} \def\L{\mathcal{L}} \def\No{\norm{\c}} $

バナッハ空間

バナッハ空間を定義する前に「コーシー列」と「完備」の定義を確認しておこう.

定義
ノルム空間 $X$ の点列 $x_n(n=1,2,\cd)$ が コーシー列(Cauchy sequence)をなすとは, $$ \nx{x_n-x_m} \to 0\ \ \ (n,m\to \iy) $$ が成り立つことである.

次の事実が成り立つ.

定理
ノルム空間の任意の収束列はコーシー列をなす.

[証明]
$x_n \to x_0 (n\to \iy)$ とすれば, $$ \nx{x_n-x_m} \leq \nx{x_n-x_0} + \nx{x_m-x_0} \to 0 \ \ (n,m \to \iy) $$ より, $\{x_n\}$ はコーシー列である.

この定理の逆は一般には成り立たない. 逆が成り立つとき, そのノルム空間は完備であるという.

定義
任意のコーシー列が収束するようなノルム空間は完備(complete)であるという.

定義
完備なノルム空間をバナッハ空間(Banach space)と呼ぶ. つまり, ノルム空間 $(X,\norm{\c})$ がバナッハ空間であるとは, 任意のコーシー列 $\{u_n\}$ に対して, ある $u\in X$ が存在して, $\{u_n\}$ が $u$ に収束することである.


有界な無限数列のなす空間: $$ l^\iy = \Big\{ u=(x_1,x_2,\cd) \mid \sup_{1\leq j< \iy} |x_j| < \iy \Big\} $$ を考えよう. $\l^\iy$ のノルムを $$ \norm{u}_{\iy}=\sup_{j}|x_j| \ \ \ (u=(x_1,x_2,\cd) \in l^\iy ) $$ で定義すると, これはノルムの公理を満たす. さらに, $l^\iy$ はバナッハ空間である.

証明
[証明]
$l^\iy$ は有界数列 $x=(\xi_k)_{k=1}^\iy$ のなす空間で, そのノルムは $$ \nx{x}_\iy =\sup_{k}|\xi_k| $$ である. さて, $x_n=(\xi_k^{(n)})_{k=1}^\iy\ (n\in \N)$ が $l^\iy$ におけるコーシー列をなすものとする. $$ |\xi_k^{(m)}-\xi_k^{(n)}| \leq \nx{x_m-x_n}_\iy \to 0\ \ \ (n,m\to \iy) $$ が, 各 $k\in \N$ に対して成り立つから, $k$ を固定したとき $$ \xi_k^*=\lim_{n\to\iy} \xi^{(n)} $$ が存在する. この $\xi_k^*$ をならべて得られる数列を $x^*$ で表そう: $x^*=(\xi_k^*)_{k=1}^\iy.$ 命題2.2によれば, $\nx{x_n}_\iy \leq M\ (n\in\N)$ が成り立つような定数 $M$ が存在する. したがって, $$ |\xi_k^{(n)}| \leq \nx{x_n}_\iy \leq M $$ であるが, この両端を比較した不等式において $n\to \iy$ ならしめると, $$ |\xi_k^\iy| \leq M \ \ \ (k\in \N) $$ が得られる. これより, $(\xi_k^*)_{k=1}^\iy$ が有界数列であることがわかる. すなわち, $x^*\in l^\iy$ である. 次に, 任意の $\e>0$ に対して, ある $N\in \N$ が存在して $$ |\xi_k^{(m)}-\xi_k^{(n)}| \leq \nx{x_m-x_n} < \e \ \ \ (m,n > N) $$ が, すべての $k$ に対して成立することに注意しよう. ここで, $m\to \iy$ ならしめると $$ |\xi_k^*-\xi_k^{(n)} \leq \e \ \ \ (n> N). $$ よって, $$ \nx{x^*-x_n}_\iy = \sup_{k} |\xi_k^*-\xi_k^{(n)} \leq \e \ \ \ (n> N). $$ が得られるが, これは $x_n$ が $x^*$ に収束することを示している. よって, $l^\iy$ は完備であるのでバナッハ空間である.


$X:=C[\a,\b]$ に対して, ノルム $$ \nx{u}_C = \max_{t\in [\a,\b]}|u(t)| $$ を採用すると, $X$ はバナッハ空間になる.

[証明]
列 $u_n\in X$ の $u_0\in X$ への収束は, 連続関数列 $u_n$ の極限関数 $u_0$ への閉区間 $[\a,\b]$ 上での一様収束を意味する. したがって, 完備性は, "一様収束に関するコーシー列の判定法"から直ちに出る事実である.

バナッハ空間でない例


$X:=C[0,1]$ に対して, ノルム $$ \norm{f}=\int_0^1|f(x)|dx\ \ \ (f\in X) $$ を導入する. このとき, $X$ はノルム空間であるがバナッハ空間でない.

[証明]
$f_n(x)=x^n$ とすると, $$\eq{ \nx{f_n-f_m} & =\int_0^1|x^n-x^m|dx \\ & =\le[ \le|\f{1}{n+1}x^{n+1}-\f{1}{m+1}x^{m+1} \ri| \ri]_0^1 \\ & =\le| \f{1}{n+1}-\f{1}{m+1} \ri| \to 0 \ \ \ (n,m\to \iy) }$$ ゆえに $\{f_n\}$ はコーシー列である. しかし, $$ f_n(x)=x^n \xto{\iy} f(x)= \case{ 0 & (0\leq x < 1) \\ 1 & (x=1) } $$ となり, $f_n(x)$ の極限 $f(x)$ が連続関数でない, すなわち, $f\not\in C[0,1].$ よって, $X$ はこのノルムにおいてバナッハ空間でない.

性質

ここからは完備性にもとづくいくつかの定理を紹介する.

絶対収束級数と完備性

定理A
(絶対収束級数と完備性) $X$ をバナッハ空間とする. $x_n\in X(n=1,2,\cd)$ を項とする級数 $$ \sum_{n=1}^\iy x_n = x_1+x_2+\cd \tag{*}$$ について, 条件 $$ \sum_{n=1}^\iy \nx{x_n} < +\iy \tag{**}$$ が成り立つならば, 級数は $X$ において和をもつ(収束する).

[証明]
$S_n=x_1+x_2+\cd+x_n\ (n=1,2,\cd)$ とおく. いま, $m>n$ とすれば, 三角不等式と $(**)$ により, $$ \nx{S_m-S_n}=\le\|\sum_{k=n+1}^m x_k \ri\| \leq \sum_{k=n+1}^m \nx{x_k} \to 0 \ \ \ (n,m\to\iy) $$ が成り立つ. よって, $\{S_m\}$ はコーシー列をなし, 空間 $X$ が完備であるので収束する.

完備性の特徴づけを級数を用いて行うことも可能である. すなわち, 前定理と共に次の定理が成り立つ.

定理
(前定理の逆 定理X) $X$ をノルム空間とする. また, $x_n\in X(n=1,2,\cd)$ を項とする任意の級数が $$ \sum_{n=1}^\iy \nx{x_n} < +\iy $$ を満たすかぎり, 必ず $X$ において和をもつとする. このとき, $X$ は完備であり, したがって, バナッハ空間である.

証明
[証明]
コーシー列をなす $X$ の点列 $u_n(n\in\N)$ が与えられたとする. このとき, $\{u_n\}_{n\in\N}$ の部分列 $\{u_{n_k}\}_{k\in\N}$ を, $$ \nx{u_{n_{k+1}}-u_{n_k}} < \f{1}{2^k} \ \ \ (k=1,2,\cd) \tag{*}$$ が成り立つようにえらぶことができる. 実際, $u_{n_1}$ をえらぶには, $$ \nx{u_m-u_n} < \f{1}{2} \ \ \ (m,n \geq n_1) $$ となるような $n_1$ を採用する. 次に, $u_{n_2}$ をえらぶには, $n_2> n_1$ であって, かつ $$ \nx{u_m-u_n} < \f{1}{2^2} \ \ \ (m,n \geq n_2) $$ となるような $n_2$ を採用すればよい. 以下同様. さて, $(*)$ により $$ \nx{u_{n_1}}+ \sum_{k=1}^\iy \nx{u_{n_{k+1}}-u_{n_k}} < \iy $$ が成り立つ. したがって, 仮定により, 級数 $$ u_{n_1} + \sum_{k=1}^\iy (u_{n_{k+1}}-u_{n_k}) $$ が $X$ において収束する. ゆえに, その部分和として $$ u_{n_k}=u_{n_1}+(u_{n_2}-u_{n_1}) + \cd + (u_{n_k}-u_{n_{k-1}}) $$ が極限 $u^*\in X$ に収束する. すなわち, $$ u^*=\lim_{k\to\iy} u_{n_k} \tag{**} $$ である. この $u^*$ が部分列 $\{u_{n_k}\}_{k\in\N}$ の極限であるのみならず, もとの列 $\{u_n\}_{n\in\N}$ の極限であることを示せばよい. $\{u_n\}$ がコーシー列であることから, 任意の $\e>0$ に対して $$ \nx{u_n-u_{n_k}} < \e \ \ \ (n,n_k > N) $$ が成り立つような $N\in\N$ をえらぶことができる. $(**)$ を考慮しながら, 上式において $k\to \iy$ ならしめると $$ \nx{u_n -u^*} \leq \e \ \ \ (n> N) $$ が得られる. これは, $u^*=\lim_{n\to\iy}u_n$ を意味している.

不動点定理

定義
$F$ を空間 $X$ の中に定義域および値域をもつ写像とするとき, $$ x=F(x) $$ を満たす $x\in X$ を $F$ の不動点という. $F$ が縮小作用素の場合を考察する.

定義
(縮小写像) $X$ をノルム空間とする. $X$ の部分集合 $D(F)$ および $R(F)$ を, それぞれ定義域および値域とする写像 $F:D(F)\to R(F)$ が縮小写像(contraction)であるとは, $$ \nx{F(x_1)-F(x_2)} \leq r\nx{x_1-x_2} \ \ \ (x_1,x_2 \in D(F)) $$ が成り立つような定数 $r$ で, $0\leq r < 1$ を満たすものが存在することである.

定理
$X$ をバナッハ空間とし, $S$ をその空でない閉部分集合とする. もし, 写像 $F:S\to S$ が縮小写像ならば, $S$ の中に $F$ の不動点が存在し, かつ, 一意である.

[証明]
[藤田 定理2.3]参照.

ベールのカテゴリー定理

定理
(ベールのカテゴリー定理) $X$ をバナッハ空間とする. 可算個の閉集合 $F_n \sub X (n=1,2,\cd)$ を用いて, $X$ が $$ X=\bigcup_{n=1}^\iy F_n $$ と表されたならば, $F_n$ のうちの少なくとも1つは内点を含む.

[証明]
[藤田 定理2.6]参照.

※ベールのカテゴリー定理(Baire's category theorem)については記号さえ修正すれば, 証明はそのまま完備な距離空間一般の場合に通用する.

カテゴリー定理の証明には次の補題を用いる.

補題
$X$ をバナッハ空間とし, $K_n=\ol{B}(a_n,r_n)$ を中心 $a_n\in X,$ 半径 $r_n >0$ の閉球 $\sub X$ の列とする. もし, $$ K_1 \supset K_2 \supset \cd \supset K_n \supset \cd $$ であり, かつ, $r_n\to 0$ であるならば, $\bigcup_{n=1}^\iy K_n$ は $X$ のある1点である.

[証明]
[藤田 補題2.1]参照.

バナッハ空間の積

定理
(バナッハ空間の積) $X,Y$ をバナッハ空間とする. $\nx{\c}_X, \nx{\c}_Y$ で, それぞれ $X,Y$ のノルムを表すとき, $X,Y$ の直積 $Z=X\times Y$ は $$ \nx{[x,y]}_{Z} = \nx{x}_X +\nx{y}_Y $$ をノルムとしてバナッハ空間である.

証明
[証明]
$\nx{\c}_Z$ がノルムであることは既知である. よって, 完備性だけを示せばよい. いま, $z_n=[x_n,y_n]\in Z(n=1,2,\cd)$ がコーシー列であるとする. すなわち, $$ \nx{z_n-z_m}_Z= \nx{x_n-x_m}_X+\nx{y_n-y_m}_Y \to 0 \ \ \ (n,m\to \iy). $$ このとき, $\{x_n\},\{y_n\}$ がそれぞれ $X,Y$ におけるコーシー列をなすことは明らかである. $X,Y$ が完備であるから, $x_n \to x_0,\ $ $y_n \to y_0$ となる $x_0\in X,\ $ $y_0\in Y$ が存在する. そうして, $z_0=[x_0,y_0]$ とおけば $$ \nx{z_n-z_0}_Z= \nx{x_n-x_0}_X+\nx{y_n-y_0}_Y \to 0 \ \ \ (n\to \iy). $$ が成り立つ. すなわち, $\{z_n\}$ は収束する.

注意 $\nx{[x,y]}_Z$ として, たとえば $$ \nx{[x,y]}_Z=\max\{\nx{x}_X,\nx{y}_Y\} $$ を用いても結果は変わらない.

バナッハ空間の商

定理
(バナッハ空間の商) $X$ をバナッハ空間, $Y$ をその閉部分空間とする. そのとき, $X$ を $Y$ で割った商空間 $Q=X/Y$ は $$ \nx{[x]}_Q = \inf_{y\in Y} \nx{x-y} \ \ \ ([x] \in Q,\ x\in X) \tag{*}$$ をノルムとしてバナッハ空間である.

証明
[証明]
$Q$ において $(*)$ の $\nx{\c}_Q$ がノルムになっていることの証明は省略する. ここでは, $Q$ の完備性だけを示す. さて, $x_n\in X$ を代表元とする同値類の列 $[x_n]\in Q\ (n=1,2,\cd)$ が条件 $$ \sum_{n=1}^\iy \nx{[x_n]}_Q < \iy \tag{*1}$$ を満たすとする. 定理Xによれば, $Q$ の完備性を示すためには, 級数 $\sum_{n=1}^\iy[x_n]$ が $Q$ において収束することを示せばよい. さて, 各 $n$ に対して, 次の条件を満たす $u_n\in X$ をえらぶことができる. $$ x_n-u_n \in Y \tag{*2}$$ かつ $$ \nx{u_n} \leq \nx{[x_n]}_Q +\f{1}{2^n} \tag{*3}$$ $(*1)$ と $(*3)$ によれば, $\sum_{n=1}^\iy\nx{u_n} <\iy$ であり, したがって, $X$ の完備性と定理Aによって $$ S=\sum_{n=1}^\iy u_n \in X $$ が存在する. この $S$ を代表元とする $[S]\in Q$ に対し $$ [S]=\sum{n=1}^\iy [x_n] \tag{*4}$$ が成り立つことを証明する. そのために, $(*4)$ の右辺の級数の部分和を $[S_N]$ で表そう. すなわち $$\eq{ [S_N] & =[x_1]+[x_2]+ \cd + [x_N] \\ & =[x_1+x_2+\cd+x_N]. }$$ $(*2)$ によれば, $$ [S_N]=[u_1+u_2+\cd+u_N] $$ でもある. よって $$ [S]-[S_N]=\le[ \sum_{n=1}^\iy u_n -\sum_{n=1}^N u_n\ri] =\le[ \sum_{n=N+1}^\iy u_n \ri]. $$ これから, $$ \nx{[S]-[S_N]}_Q \leq \le\| \sum_{n=N+1}^\iy u_n \ri\| \leq \sum_{n=N+1}^\iy \nx{u_n} \to 0 \ (N\to \iy) $$ が導かれ, $(*4)$ が証明された.

バナッハ空間の例

この節では, いくつかの具体的な数列空間, 関数空間の完備性を検証する. そのために次の事実に注意しておく.

定理
ノルム空間 $X$ において, 点列 $x_n \in X\ (n\in X)$ がコーシー列をなすならば, 数列 $\nx{x_n}\ (n\in N)$ は収束数列であり, とくに有界である.

[証明]
$|\nx{x_n}-\nx{x_m}| \leq \nx{x_n-x_m}$ により, $\{\nx{x_n}\}$ はコーシー列であり($\R$ は完備なので)収束する.


任意の $1\leq p < \iy$ に対して, 数列空間 $l^p$ はバナッハ空間である.