べき零行列
$ \def\p{\bm{p}} $
この記事では、べき零行列に関する性質と問題を扱います。
約束
・$O$ を零行列とする.
・$M_n(\C)$ を $n$ 次複素正方行列全体とする.
定義
定義
$N\in M_n(\C)$ がべき零行列(nilpotent matrix)であるとは,
$N^k=O$ となる自然数 $k$ が存在することである.
例
$$
\m{ 1 & -1
\cr 1 & -1 }
,\ \ \ \ \
\m{ 0 & 1
\cr 0 & 0 }
$$
はべき零行列である.
定義
べき零行列 $N \in M_n(\C)$ の指数(index)とは,
$$ N^{k-1} \neq O,\ \ \ \ \ N^k=O $$
となる自然数 $k$ のことである.
※零行列 $O$ の指数は $1.$
例
$$
\m{ 0 & 0 & 1
\cr 0 & 0 & 0
\cr 0 & 0 & 0 }$$
は指数 $2$ のべき零行列である.
$$
\m{ 0 & 1 & 0
\cr 0 & 0 & 1
\cr 0 & 0 & 0 }$$
は指数 $3$ のべき零行列である.
例
一般に, 対角成分がすべて $0$ の上三角行列はべき零行列である. たとえば,
$$
\m{ 0 & a & c
\cr 0 & 0 & b
\cr 0 & 0 & 0 }$$
はべき零である.
性質
固有値は $0$ のみ
べき零性の同値な条件を述べる.
定理
$N \in M_n(\C)$ に対し, 次の4つは互いに同値である:
(1) $N$ はべき零行列.
(2) 固有値は $0$ のみである.
(3) $\Phi_N(x)=x^n.$
(4) $N^n=0.$
[証明]
(1) $\goo$ (2):$N$ がべき零ならば,
ある $k\in \N$ が存在して $N^k=O$ である.
$\l$ を $N$ の固有値とし, $N\x=\l \x\ (x\neq \0)$ とする. このとき,
$N^k\x=\l^k\x=\0.$
従って $\l=0.$
(2) $\goo$ (3):$\Phi_N(x)$ は $n$ 次多項式なので,
$\Phi_N(x)=x^n.$
(3) $\goo$ (4):ケーリー・ハミルトンの定理により $N^n=O.$
(4) $\goo$ (1):明らか.
この定理から, とくに「べき零行列の固有値は $0$ のみ」は重要なので覚えておこう.
また, $n$ 次べき零行列は $N^n=O$ なので, その指数は $n$ 以下であることに注意.
指数と最小多項式の関係
上の定理から次がただちに得られる.
系
べき零行列 $N\in M_n(\C)$ に対し, 次は同値である.
(1) $N$ の指数が $k$.
(2) $N$ の最小多項式が $x^k.$
[証明]
$N$ の最小多項式を $\phi_N(x)$ で表す.
固有多項式は最小多項式で割り切れるので, $\phi_N(x)$ は $x^i$ の形である.
指数と最小多項式の定義から
$$\eq{
N \te{の指数が $k$}
& \iff N^{k-1}\neq O,\ \ N^k=O.
\\[2pt] & \iff \phi_N(x)=x^k.
}$$
意外と大事な定理
定理
$N\in M_n(\C)$ を指数 $k$ のべき零行列とする.
$N^k=O$ かつ $N^{k-1}\neq O$ なので,
$N^{k-1}\x\neq 0$ となる $\x\in \C^n$ がとれる.
このとき, $\x ,N\x ,N^2\x ,\cd ,N^{k-1}\x$ は1次独立である.
- ▼ 証明
- [証明] $c_0,c_1,\cd,c_{k-1}\in \C$ とし, $$ c_0\x +c_1N\x +c_2N^2\x +\cd +c_{k-1}N^{k-1}\x =\0 $$ とする. 上式の両辺に $N^{k-1}$ を左から掛けると, $N^k=O$ により, $$ c_0N^{k-1}\x =\0. $$ 仮定の $N^{k-1}\x \neq \0$ により $c_0=0.$ したがって, 上式は $$ c_1N\x +c_2N^2\x +\cd +c_{k-1}N^{k-1}\x =\0 $$ となる. 次にこの式の両辺に $N^{k-2}$ を左から掛けると, $$ c_1N^{k-1}\x =\0.$$ したがって $c_1=0.$ 以下同様にすれば最終的に $$ c_0=c_1=\cd =c_{k-1}=0 $$ を得る. よって $\x, N\x, \cd,N^{k-1}\x$ は1次独立である.
この定理は, べき零行列を分類するのに役立つもので,
ジョルダン標準形の理論でも重要な役割を果たす.
この定理に関する問題を後で紹介する.
問題
問題
$N\in M_n(\C)$ をべき零行列とする. このとき,
(1) $\det(N)=0.$
(2) $\tr(N)=0.$
- ▼ 解答
- [解答] $N$ の固有値を $\a_1,\cd,\a_s$ とすると, $\det(N)=\a_1\cd \a_s,\ $ $\tr(N)=\a_1 + \cd + \a_s$ なので前定理から主張が成り立つ.
問題
$N\in M_n(\C)$ をべき零行列とする.
$N\neq O$ ならば $N$ は対角化可能でないことを示せ.
- ▼ 解答
-
[解答]
$N$ が対角化可能であると仮定しよう.
このとき, ある正則行列 $P$ が存在して,
$$ D=PNP^{-1} \tag{*}$$
という形に表せる. ただし, $D$ は対角行列である.
ところが定理により, べき零行列の固有値は $0$ のみなので, $D$ の対角成分はすべて0であり, したがって $D$ は零行列である. すると $(*)$ により, $N=O$ となり仮定と矛盾する.
問題
$3$ 次べき零行列 $N \in M_3(\C)$ の指数が $3$ のとき,
$N$ は
$$ A:=
\m{ 0 & 1 & 0
\cr 0 & 0 & 1
\cr 0 & 0 & 0 } $$
と相似であることを示せ.
- ▼ 解答
- [解答] $N$ の指数は $3$ なので, $N^2\x\neq 0$ となる $\x\in \C^n$ がとれる. 前定理により, $$ \p_0:=\x,\ \ \ \ \p_1:=N\x,\ \ \ \ \p_2:=N^2\x $$ は線型独立なので, $\p_0, \p_1, \p_2$ は $\C^3$ の基底である. $$\eq{ N(\p_2\ \ \p_1\ \ \p_0) & =(N^3\x,\ N^2\x,\ N\x) \\ & =(0\ \ \ \p_2\ \ \p_1) \\ & =(\p_2\ \ \p_1\ \ \p_0) \m{ 0 & 1 & 0 \cr 0 & 0 & 1 \cr 0 & 0 & 0 } }$$ ゆえに $P=(\p_2\ \ \p_1\ \ \p_0)$ とおけば, $P^{-1}NP=A.$ よって, $N$ と $A$ は相似である.