べき零行列【問題と証明】
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この記事では、べき零行列に関する性質と問題を扱います。
約束
・$O$ を零行列とする.
・$M_n(\C)$ を $n$ 次複素正方行列全体とする.
定義
定義
$N\in M_n(\C)$ がべき零行列(nilpotent matrix)であるとは,
$N^k=O$ となる自然数 $k$ が存在することである.
定義
$N$ がべき零行列であるとき, $N^k=O$ となるような自然数 $k$
の最小値を $N$ の指数(index)という.
したがって $N$ の指数が $q$ ならば $N^{q-1}\neq O,\ $
$N^q=O$ である. 零行列の指数は $1$ である.
性質
定理
べき零行列の固有値は $0$ のみである.
[証明] $A$ がべき零行列のとき, ある自然数 $k$ が存在して $A^k=O$ が成り立つ. $\l$ を $A$ の $\C$ における固有値とし, $A\x=\l \x\ (x\neq \0)$ とする. このとき, $$ A^k\x=\l A^{k-1}\x=\l^2 A^{k-2}\x=\cd =\l^k\x=\0. $$ (※$A^k=O$ により $A^k\x=\0.$) 従って $\l=0.$ すなわち $A$ の固有値は $0$ のみである.
定理
$A \in M_n(\C)$ とし, $\Phi_A(x)$ を
$A$ の固有多項式とする. このとき,
$A$ がべき零行列 $\iff$ $\Phi_A(x)=x^n.$
[証明]
($\goo$) $A$ は $n$ 次行列なので,
その固有多項式は $n$ 次多項式である.
前定理により $A$ の固有値は $0$ のみである.
よって $\Phi_A(x)=x^n.$
($\coo$) ケーリー・ハミルトンの定理により $A^n=O.$
従って $A$ はべき零行列である.
系
$A$ が $n$ 次のべき零行列ならば $A^n=O.$
[証明] 前定理により $\Phi_A(x)=x^n$ なので, ケーリー・ハミルトンの定理から $A^n=O.$
定理
$A\in M_n(\C)$ をべき零行列とする. このとき,
(i) $\det(A)=0.$
(ii) $\tr(A)=0.$
[証明]
(i) $A^k=0$ とする.
行列式の性質:$\det(AB)=\det(A)\det(B)$ を繰り返し用いると,
$$ \det(A)^k=\det(A^k)=0. $$
よって $\det(A)=0.$
(ii) 上の定理により, べき零行列の固有値は0のみである.
トレースは固有値全体の総和に等しいという性質をもつので
$\tr(A)=0.$
問題
問題
$A\in M_n(\C)$ をべき零行列とする.
$A\neq O$ ならば $A$ は対角化可能でないことを示せ.
- ▼ 解答
-
[解答]
$A$ が対角化可能であると仮定しよう.
このとき, ある正則行列 $P$ が存在して,
$$ D=PAP^{-1} \tag{*}$$
という形に表せる. ただし, $D$ は対角行列である.
ところが定理により, べき零行列の固有値は $0$ のみなので, $D$ の対角成分はすべて0であり, したがって $D$ は零行列である. すると $(*)$ により, $A=O$ となり仮定と矛盾する.
問題
$A$ がべき零行列ならば, $I-A$ は正則行列であることを示せ.
($I$ は単位行列.)
- ▼ 解答
- [解答] $A$ はべき零行列なので, ある自然数 $k$ が存在して $A^k=0$ である. $$ I^k-A^k=I $$ なので, 左辺を因数分解すれば $$ (I-A)(I+A+A^2+\cd +A^{k-1})=I. $$ したがって $I-A$ は正則行列である.
問題
$A$ がべき零行列ならば, $I+A$ は正則行列であることを示せ.
($I$ は単位行列.)
- ▼ 解答
- [解答] $A$ はべき零行列なので, ある正の整数 $k$ が存在して $A^k=0$ である. $$ I^k+A^k=I $$ なので, 左辺を因数分解すれば, $$ (I+A)(I-A+A^2-A^3\cd +(-1)^{k-1}A^{k-1})=I $$ したがって $I+A$ は正則行列である.
問題
$A\in M_n(\C)$ をべき零行列とし,
$A^k=O$ かつ $A^{k-1}\neq O$ とする.
$A^{k-1}\x\neq 0$ となる $\x\in \C^n$ をとる.
このとき, $\x ,A\x ,A^2\x ,\cdots ,A^{k-1}\x $ は1次独立であることを示せ.
- ▼ 解答
-
[解答]
$c_0,c_1,\cdots,c_{k-1}\in \C$ とし,
$$ c_0\x +c_1A\x +c_2A^2\x +\cdots +c_{k-1}A^{k-1}\x =0
\tag{*}$$
とする. 上式の両辺に $A^{k-1}$ を左から掛けると,
$$ c_0A^{k-1}\x =0. $$
仮定の $A^{k-1}\x \neq 0$ により $c_0=0.$
次に $(*)$ の両辺に $A^{k-2}$ を左から掛けると, $c_1A^{k-1}\x =0.$ したがって $c_1=0.$ 以下, 同様にすれば $$ c_0=c_1=\cdots =c_{k-1}=0. $$ よって $\x, A\x, \cd,A^{k-1}\x$ は1次独立である.
問題
$A,B$ がべき零行列で $AB=BA$ ならば, $AB$ も $A+B$
もべき零行列であることを示せ.
- ▼ 解答
-
[解答]
$A,B$ はべき零行列なので, $A^k=O$ および $B^l=O$ となる
自然数 $k,l$ がとれる. $AB=BA$ なので
$$ (AB)^k=A^kB^k=O. $$
従って $AB$ はべき零行列である.
$A+B$ については二項定理から $$ (A+B)^{k+l}=\sum_{r=0}^{k+l} \binom{k+l}{r}A^{k+l-r}B^r=O $$ と展開できる. 右辺の各項について, $0\leq r\leq l$ のとき $A^{k+l-r}=O$ であり, $l\leq r \leq k+l$ のとき $B^r=O$ である. ゆえに $(A+B)^{k+l}=O.$ よって $A+B$ もべき零行列である.
【付録】べき零行列の意義
べき零行列(べき零変換)は次の定理を証明するときに大きな役割を果たします。
定理
$\C$ 上の正方行列(線形変換)はあるジョルダン標準形に相似である.
この定理は $\C$ 上の線形変換を完全に分類する重要定理です。 証明では、最終的にべき零行列の分類に帰着されます。