【書評】理系のための線型代数の基礎 / 永田雅宜
今回は、永田雅宜の「理系のための線型代数の基礎」を読んだ感想・書評です。
この本を読んで良かった点、悪かった点、気になった点など、読書メモとして残しておきます。
「この本を買おうかどうか迷っている」
「この本を教科書または参考書として使おうか考えている」
そんな人にとって参考になるような記事を書きました。
証明が簡潔で要点がはっきりわかる
第5章がとてもいい
この本の一番よかったところは
「説明・証明が簡潔なので要点がはっきりわかる」
という点です。
とくに第5章の「行列の標準化」では, 無駄のない論理展開で筋道がわかりやすいです。
第5章の内容は次のとおりです。
5.1 固有値と固有ベクトル
5.2 正規行列
5.3 二次形式
5.4 二次曲面
5.5 Hamilton-Cayleyの定理
5.6 Jordan標準形
上記の内容をたった37ページでまとめられていて、
「線型代数の理論って無駄なくまとめたらこんなに短いんだ!」
と驚きました。第5章だけでも読む価値があります。
個人的にケーリー・ハミルトンの定理の証明がわずか12行でわかりやすく証明されていたのが、一番ためになりました。
このケーリー・ハミルトンの定理、
他の教科書では証明に1ページ以上使っていて、どの証明も冗長でわかりにくかったのですが、[永田]の簡潔な証明を読んで頭がスッキリしました。
ただ、少し残念だったのが
「べき零行列について詳しい説明がない」
という点。
ジョルダン標準形の理論、すなわち、線形変換の分類理論は
最終的にべき零行列の研究に帰着されます。
なので、べき零行列がよく理解していないと、ジョルダン標準形がわからないのですが、
その説明が少ないので、そこは他の本で補う必要があります。
しかし、第5章で気になった点はそこだけで、他は本当にいいと思います。
[松坂]より要点がわかりやすい
私は過去に松坂和夫の「線型代数入門」をメインにして線形代数を勉強しました。
[松坂]は証明が丁寧で論理の飛躍が少ないので,
証明に詰まることはほとんどありませんでした。
その反面, 説明や証明が長いので、話の筋道や要点がわかりづらいな、
と感じていました。
それに対して、[永田]は冗長な説明がなく、わかりやすいです。
ただ、注意点として、私が簡潔でわかりやすいと感じたのは、
過去に線形代数の理論を一通り勉強していたからであって,
初学者にとって難しく感じるかもしれません。
実際、この本は計算例がとても少ないです。
次にそれを説明します。
計算例が少ない
本書は計算例がとても少ないです。
たとえば、
・固有値と固有ベクトルを求める
・行列を対角化させる
・ジョルダン標準形への変換行列を求める
上記の計算問題は1つもありません。
なので、これらは例えば三宅「線型代数学」とか別の本で学んでおく必要があります。
計算ができないと、証明も理解しづらいと思うので、
線型代数の初学者はこの本だけで勉強するのは少し辛いかもです。
ただ、行列式の章だけは計算例がいくつか紹介されています。
とはいっても、他の本と比べて少ないです。
代数学のトピックが多い一方、解析学や工学への応用なし
高次方程式の解法、環論など
第6章「整式と方程式」では、高次方程式や環論などの代数学が扱われています。
目次は次のとおり。
6.1 Euclidの互除法
6.2 因数定理
6.3 素元分解
6.4 多元整式
6.5 三次方程式と四次方程式
6.6 高次方程式
6.7 根と係数の関係
6.8 研究-対称式と交代式
6.9 研究-単項イデアル環とEuclid整域
6.10 研究-代数学の基本定理
上記のとおり、数学科の学生にとって環論や体論で学ぶ内容が収録されています。
6.5では三次方程式や四次方程式の解法がのっている。
(カルダノの公式やフェラーリの公式など)
解析学や工学系、経済学の応用が皆無
たとえば、大半の教科書にのっている線形代数の応用として、 線形微分方程式や漸化式への応用は本書にないです。
また、工学系や経済学で使われる非負行列やペロン・フロベニウスの定理などもないです。
冒頭の「数学の勉強法について」が良い
「数学の勉強法について」というページが目次のあとにあります。
そこに書かれている内容がよかったので、紹介しておきます。
まず、数学を理解するために大切なことについて
・問題を解いてみる(解法を知るより,考えることが大切)
・定理の証明の中に, どういう定理がどんな形で使われているか知る
・証明は飛ばして, 先の話を読んでみる
・同じような話題を扱っている他の本も読んでみる
・他の分野で, どんな応用があるかを知る
そして最後にこう述べています。
"理解困難なところに遭遇しても, そこで立ち止まるのでなく,
広い視野を求めていけば, 困難が次第に克服されるものなのである."
このアドバイスは線形代数だけでなく、大学数学のすべての分野に言えることなので、
定期的に見返すと良いでしょう。
本書は線形代数の復習がしたい数学科向け
以上をまとめると
・証明が簡潔で要点がはっきりわかる
・5章の「行列の標準化」が特にいい
・計算例が少ないので初学者には不向き
・証明が[松坂]よりは丁寧ではない
・代数学のトピックが多い一方、解析学や工学への応用なし
・冒頭の「数学の勉強法について」が良い
これらを総合すると本書は
・線形代数の復習がしたい数学科向け
・線形代数の初学者はこれ1冊だけで勉強するのは難しい
と言えます。
一方で、数学科以外の人にとっては向いていないと感じました。
タイトルに「理系のために」と書いてあり、
本書のまえがきにも「理学部の学生向け」と著者は言っていますが、証明が大好きでない限り、数学科以外の学生がこれをメインに読んでいくのは不向きだと思います。
ただ、本気で線型代数の理論を深く理解したい人や参考書として使うならば,
すべての人にオススメです。