Takatani Note

【書評】線型代数入門 / 松坂和夫

今回は、松坂和夫の「線型代数入門」を読んだ感想・書評です。

線型代数入門 松坂和夫

この本を読んで良かった点、悪かった点、気になった点など、読書メモとして残しておきます。

「この本を買おうかどうか迷っている」
「この本を教科書または参考書として使おうか考えている」
そんな人にとって参考になるような記事を書きました。

最初に言っておくと、この本は
「線形代数の自習書として一番いい」
と思います。

ジョルダン標準形の理論がとても丁寧

この本の一番よかったところは
「ジョルダン標準形の理論がとても丁寧でわかりやすい」
という点です。

ジョルダン標準形の理論では
・広義固有空間
・最小多項式
・べき零行列

この3つが重要ですが、3つとも理論も計算例も丁寧に解説していて、 初学者でも理解しやすいです。

私が本書を読む前、ジョルダン標準形の理論がわからなくて困っていましたが、 本書を読むことによって理解することができました。

本書ではジョルダン標準形について最短の方法で理論展開しているわけでなく、 証明は他より長いです。
しかし、論理の飛躍が全然ないので、時間をかけて読めば、それほど労力をかけずに ジョルダン標準形についてマスターできます。

なお, ジョルダン標準形のあとにジョルダン分解の解説があります。
このジョルダン分解はリー群やリー代数で重要になるので、数学科の学生は知っておいたほうがいい概念です。
ジョルダン分解は重要であるにもかかわらず、他の本で扱っていることが少ないです。
おそらく、数学科以外では役に立たないからだと思います。

理論と計算どちらも充実

線形代数の教科書は世に数多くありますが、たいてい次のどちらかです。
・計算例が豊富だが理論(定理・証明)が少ない
・逆に、理論は充実しているが計算例が少ない

理論と計算どちらも充実した教科書は全然ないです。
しかし、[松坂]は理論と計算、両方バランスのとれた数少ない線形代数の教科書です。

たとえば、第7章の「固有値と固有ベクトル」では 固有値に関する定理を網羅的に扱っていて、証明も丁寧です。
一方、
・固有値や固有ベクトルを求める計算
・行列を対角化する計算
・ジョルダン標準形への基底変換行列を求める計算
など、計算例も扱っています。

ただ、理論と計算がどちらも充実している分、本が分厚くて、値段も高めです。
・ページ数は446ページ(解答・索引も含む)
・値段は本体3400+税
です。

線形代数の教科書は基本的に税込で3000円ぐらいですが、 本書は税込で3740円。
ちょっと高めですね。

でも、それども自習書として優れているので、高い値段を出してもそれだけの価値は十分あると断言します。

その他:気になった点

表現行列の説明が他書になくいい

表現行列は線形代数学の中でも基本的で重要ですが、 多くの教科書ではかなりあっさりと軽い扱いで、説明が全然ないです。

[松坂]では表現行列について理論的な説明が丁寧にされています。
表現行列がまだわかっていないという人は読んだほうがいいです。

少し残念だったのが、表現行列の具体例が全然なかったので、自分でつくって納得する必要がありました。
なお, 表現行列の例について記事があるので、よかったら参考にしてください。
表現行列の求め方【例題】
[松坂]とこの記事を読むことによって、表現行列が理解できると思います。

第1章は蛇足

第1章の「2次元と3次元の簡単な幾何学」では40ページも使って, 高校で学んだ平面ベクトルと空間ベクトルの復習をしています。
理系にとって、何度も学習した基本事項ばかりなので、この章は蛇足だと思います。

行列式写像から出発して行列式の性質を導いている

行列式について
行列式の理論展開は2通りあります。
・はじめに行列式を置換 $\sgn$ を用いて定義することから出発し, 行列式の基本性質を計算で導いていくやり方

・交代性や多重線形性をもつ行列式写像 $\det$ を定義することから出発する方法

本書では後者を採用しています。
この方法は(ラングによると)アルティンが考え出したものらしく、 理論的にはスマートでエレガントです。
しかし、行列式の計算に慣れていない人や、行列式を初めて学ぶ人にとっては難しく感じると思います。

ただ、本書では章の始めに次のようなアドバイスがあります。
「理論が難しいと感じるなら、証明はとばして、計算に慣れ、 行列式の基本性質を覚えることに集中してもよい」
このアドバイスどおりすれば、初学者でも混乱することなく読み進められるはずです。

スペクトル分解はあるが、非負行列はない

正規行列のスペクトル分解についての解説があります。
3次行列をスペクトル分解する計算例があってとても助かります。
このような計算例を書いている本は少ないですから。
なお、スペクトル分解は関数解析でとても重要な概念です。

非負行列やペロン・フロベニウスの定理は本書で扱っていません。
数学科の人は別に問題ないですが、工学系や経済学を専攻する人の中で, これらの概念が必要になる人もいるらしいので注意してください。
なお、この2つは斎藤正彦の本にのっています。

自習書として一番いい

私は本書を使って線形代数の基礎を習得しました。
繰り返しますが、この本は理論も計算も充実しています。
・定理の証明を忘れてしまって復習したいとき
・行列の計算方法が忘れてしまったとき
どちらも本書だけで間に合います。

自習書として使いやすく、個人的に線形代数の教科書の中で本書が一番だと思っています。
これをメインに線形代数を勉強することをオススメします。

線型代数入門 松坂和夫
線型代数入門 (岩波書店)

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