行列式【性質と証明】
$ \def\e{\bm{e}} \def\A{\widetilde{A}} \def\tp{{}^t \hspace{-1.1pt}} $
この記事では、行列式(determinant)の性質を証明します。
定義
$n$ 次正方行列 $A=(a_{ij})$ に対して, $\det(A)$ を
$$ \det(A)=\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s)
a_{1\s(1)}a_{2\s(2)}\cd a_{n\s(n)} $$
と定める. この $\det(A)$ を $A$
の行列式(determinant)という.
$\det(A)$ を $|A|$ と表すこともある.
※文献によっては $$ \det(A)=\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s) a_{\s(1)1}a_{\s(2)2}\cd a_{\s(n)n} $$ のように、添え字が逆に定義されているので注意.
行列式の性質
転置行列の行列式
定理
任意の正方行列 $A$ に対して,
$$ \det(\tp A)=\det(A) $$
- ▼ 証明
- [証明] $A=(a_{ij})$ とすれば, $$ \det A=\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s) a_{1\s(1)}a_{2\s(2)}\cdots a_{n\s(n)}. $$ $\s$ が $S_n$ を動くとき, $\s^{-1}$ も $S_n$ を動くから, $$ \det A=\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s^{-1}) \c a_{1\s^{-1}(1)}\cdots a_{n\s^{-1}(n)}. $$ $\s^{-1}(1),\s^{-1}(2),\cd,\s^{-1}(n)$ は全体としては $1,2,\cd,n$ と一致しているから, これを小さい順に並べかえる. 任意の $i\ (i=1,2,\cd,n)$ に対し, $\s^{-1}(i)=k$ とすれば, $i=\s(k)$ であるから, $$ \det A=\det(A)=\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s) a_{\s(1)1}a_{\s(2)2}\cd a_{\s(n)n}. $$ これは $\det(\tp A)$ にほかならない.
この定理により, 行列式に関する性質で, 列に関して成り立つことは, すべて行に関しても成り立つことがわかる.
多重線形性と交代性
定理 (多重線形性)
$A\in M_n(K)$ とする. 各 $j=1,\cd,n$ に対して,
$$\eq{
& \det(\a_1,\cd,\a_j+\a_j',\cd,\a_n)
\\ & \hspace{20pt} =\det(\a_1,\cd,\a_j,\cd,\a_n)
+\det(\a_1,\cd,\a_j',\cd,\a_n),
\\[5pt] & \det(\a_1,\cd,c\a_j,\cd,\a_n)
=c\det(\a_1,\cd,\a_j,\cd,\a_n).
}$$
- ▼ 証明
- [証明] 加法的: $$\eq{ \text{(左辺)} & =\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s)a_{\s(1)1} \cd (a_{\s(j)j}+a'_{\s(j)j}) \cd a_{n\s(n)} \\ & =\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s)a_{\s(1)1} \cd a_{\s(j)j} \cd a_{n\s(n)} \\ & \ \ \ \ \ \ \ +\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s)a_{\s(1)1} \cd a'_{\s(j)j} \cd a_{n\s(n)} \\ & =\text{(右辺)}. }$$ スカラー倍: $$\eq{ \text{(左辺)} &=\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s)a_{\s(1)1} \cd (c a_{\s(j)j}) \cd a_{n\s(n)} \\ & =c\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s)a_{\s(1)1} \cd a_{\s(j)j} \cd a_{n\s(n)} \\ & =\text{(右辺)}. }$$
定理 (交代性)
任意の $\tau\in S_n$ に対して,
$$ \det(\a_{\tau(1)},\a_{\tau(2)},\cd,\a_{\tau(n)})
=\sgn (\tau)\det(\a_1,\a_2,\cd,\a_n).$$
- ▼ 証明
-
[証明]
まず, 次の(a),(b)が成り立つことに注意しよう.
(a)写像 $S_n\to S_n,\ $ $\s \ma \s\tau$ は全単射である.
(b) $\sgn(\s)=\sgn(\tau)\sgn(\s\tau)$.
従って $\def\kux{\hspace{15pt}}$ $$\eq{ & \det(\a_{\tau(1)},\a_{\tau(2)},\cd,\a_{\tau(n)}) \\[3pt] & \kux =\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s) a_{1\s\tau(1)}a_{2\s\tau(2)}\cd a_{n\s\tau(n)} \\ & \kux =\sgn(\tau) \sum_{\s\in S_n}\sgn(\s\tau) a_{1\s\tau(1)}a_{2\s\tau(2)}\cd a_{n\s\tau(n)} \\ & \kux =\sgn(\tau) \sum_{\s\in S_n}\sgn(\s) a_{1\s(1)}a_{2\s(2)}\cd a_{n\s(n)} \\ & \kux =\sgn (\tau) \c \det A. }$$
系
行列 $A$ の二つの列(または行)が一致すれば $|A|=0.$
[証明] 行列式の交代性から成り立つ.
系
行列 $A$ の二つの列(または行)をとりかえたものを
$A'$ とすると, $\det A'=-\det A.$
[証明] 行列式の交代性から成り立つ.
定理
行列 $A$ のある列(または行)に対して,
他のある列(または行)の定数倍を加えて得られる行列式は,
$\det A$ に等しい. 例えば, 列の場合,
$$ \det(\a_1,\cd,\a_i+c\a_j,\cd \a_n)=\det A.$$
ただし, 左辺は $A$ の第 $i$ 列に第 $j$ 列の
$c$ 倍を加えた得られた行列の行列式.
[証明] 行列式の多重線形性と交代性から成り立つ.
次の定理は行列式を特徴づけるものである.
定理
$n$ 個の $n$ 項列ベクトルの組 $\x_1,\x_2,\cd,\x_n$
に対して数 $F(\x_1,\x_2,\cd,\x_n)$ を対応させる写像 $F$ が,
多重線形性:各 $j=1,2,\cd,n$ に対して,
$$\eq{
& F(\x_1,\cd,\x_j+\x_j',\cd,\x_n)
\\ & \ \ \ \ \
=F(\x_1,\cd,\x_j,\cd,\x_n)+F(\x_1,\cd,\x_j',\cd,\x_n),
\\[5pt] & F(\x_1,\cd,c \x_j,\cd,\x_n)
=c F(\x_1,\cd,\x_j,\cd,\x_n).
}$$
および交代性:各 $\tau\in S_n$ に対して,
$$ F(\x_{\tau(1)},\x_{\tau(2)},\cd,\x_{\tau(n)})
=\sgn(\tau)\c F(\x_1,\x_2,\cd,\x_n). $$
の両性質を持つならば, $F$ は定数倍を除いて写像 $\det$ に一致する.
詳しくは,
$$ F(\x_{\tau(1)},\x_{\tau(2)},\cd,\x_{\tau(n)})
=F(\e_1,\e_2,\cd,\e_n) \c \det(\x_1,\x_2,\cd,\x_n) $$
た成り立つ. ただし, $\e_1,\e_2,\cd,\e_n$ は単位ベクトルである.
- ▼ 証明
- [証明] $$ \x_j=\sum_{i=1}^n x_{ij}\e_i\ \ \ (j=1,2,\cd,n) $$ とおく. 多重線形性を繰り返し用いると, $$\eq{ F(\x_1,\x_2,\cd,\x_n) & =F(\sum_{i_1=1}^n x_{i_1 1}\e_{i_1},\ \ \sum_{i_2=1}^n x_{i_2 1}\e_{i_2},\ \cd,\ \sum_{i_n=1}^n x_{i_n 1}\e_{i_n}). \\ & =\sum_{i_1=1}^n\ \sum_{i_2=1}^n \ \cd\ \sum_{i_n=1}^n x_{i_1 1} x_{i_2 1}\cd x_{i_n 1} F(\e_{i_1},\e_{i_2},\cd,\e_{i_n}) }$$ となる. この一つの項において, $i_1,i_2,\cd,i_n$ のなかに同じものがあれば, 交代性により, $F(\e_{i_1},\e_{i_2},\cd,\e_{i_n})=0$ である. $i_1,i_2,\cd,i_n$ がすべて相異なれば, $\s= \m{ 1 & 2 & \cd & n \cr i_1 & i_2 & \cd & i_n }$ は $n$ 文字の置換であるから, 再び交代性により, $$ F(\e_{i_1},\e_{i_2},\cd,\e_{i_n}) =\sgn(\s) F(\e_1,\e_2,\cd,\e_n) $$ となる. したがって, $$\eq{ F(\x_1,\x_2,\cd,\x_n) & =\sum_{\s\in S_n}x_{\s(1)1}x_{\s(2)2}\cd x_{\s(n)n} \c \sgn(\s) \c F(\e_1,\e_2,\cd,\e_n) \\ & =F(\e_1,\e_2,\cd,\e_n)\det(\x_1,\x_2,\cd,\x_n). }$$
行列式の積
定理X
$n$ 次正方行列 $A,B$ に対して,
$$ \det(AB)=\det(A)\det(B). $$
- ▼ 証明
-
[証明]
行列式の定義から直接証明できるが(少しややこしいので)ここでは前定理を用いて証明する.
$A,B$ を $n$ 次行列とし, $B=(\x_1,\x_2,\cd,\x_n)$ とする. $$ F(\x_1,\x_2,\cd,\x_n) =\det(A\x_1,A\x_2,\cd,A\x_n)=\det(AB) $$ とおく. 簡単にわかるように, $F$ は多重線形性および交代性をもつ. したがって, $$\eq{ \det(AB) & =F(\e_1,\e_2,\cd,\e_n) \c \det(\x_1,\x_2,\cd\x_n) \\[3pt] & =\det(A\e_1,A\e_2,\cd,A\e_n) \c \det(\x_1,\x_2,\cd\x_n) \\[3pt] & =\det(A)\det(B). }$$
逆行列の行列式
定理Y
$A$ を正則行列とし, その逆行列を $A^{-1}$ とする. このとき,
$$ \det(A^{-1})=\det(A)^{-1}. $$
- ▼ 証明
- [証明] $$ \det(A)\det(A^{-1})=\det(AA^{-1})=\det(I)=1.$$ $$ \th \det(A^{-1})=\det(A)^{-1}. $$
行列式は基底変換によらない
定理Z
$A$ を $n$ 次正方行列とし,
$P$ を $n$ 次正則行列とする. このとき,
$$ \det(PAP^{-1})=\det(A). $$
- ▼ 証明
- [証明] $$\eq{ \det(PAP^{-1}) & =\det(P)\det(A)\det(P^{-1}) \\ & =\det(P)\det(A)\det(P)^{-1} \\ & =\det(A). }$$
※正方行列 $A$ のトレース $\tr(A)$ も同様の性質をもつ. つまり $$ \tr(PAP^{-1})=\tr(A) $$ が成り立つ. 証明はトレースの性質【証明】にある.
$A$ が正則行列 $\iff$ $\det(A)\neq 0$
定理
$A$ を正方行列とする. このとき,
$$ A \te{が正則} \iff |A|\neq 0. $$
さらに, このとき $A$ の逆行列は
$A^{-1}=\A/|A|$ である.
ここで $\A$ は $A$ の余因子行列である.
- ▼ 証明
-
[証明]
$(\goo)$
$A$ が正則ならば, $AB=I$ となる正方行列 $B$ がとれる.
$$ |A|\cdot|B|=|AB|=|I|=1 $$
であるから, 特に $|A|\neq 0$ である.
$(\coo)$ $|A|\neq 0$ のとき, $$ B=\f{1}{|A|}\A $$ とおくと, $$\eq{ AB & = A(\f{1}{|A|}\A)=\f{1}{|A|}A\A =\f{1}{|A|}|A|I=I, \\ BA & =(\f{1}{|A|}\A)A=\f{1}{|A|}(\A A) =\f{1}{|A|}|A|I=I. }$$ ゆえに $A$ は正則である.
上の計算から, $A$ の逆行列は $A^{-1}=B=\f{1}{|A|}\A$ で与えられる.
行列式のブロック
定理
行列 $A=(a_{ij})$ について,
$A$ の第1列が2行目以下ですべて0ならば次が成り立つ.
$$
\md{ a_{11} & a_{12} & \cd & a_{1n}
\cr 0 & a_{22} & \cd & a_{2n}
\cr \vdots & \vdots & & \vdots
\cr 0 & a_{n2} & \cd & a_{nn} }
=a_{11}
\md{ a_{22} & \cd & a_{2n}
\cr \vdots & & \vdots
\cr a_{n2} & \cd & a_{nn} }
$$
※第1列の成分が2行目以下では全部0のとき
- ▼ 証明
- [証明] $S_{n-1}'$ を $\{2,3,\cd,n\}$ 上の置換全体とする. $a_{21}=a_{31}=\cd=a_{n1}=0$ により, $$\eq{ \det(A) & =\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s) a_{1\s(1)}a_{2\s(2)}\cd a_{n\s(n)} \\ & =\sum_{\substack{\s\in S_n \\\ \s(1)=1 }} \sgn(\s)a_{11}a_{2\s(2)}\cd a_{n\s(n)} \\ & =a_{11} \sum_{\substack{\s\in S_n \\\ \s(1)=1 }} \sgn(\s)a_{2\s(2)}\cd a_{n\s(n)} \\ & =a_{11}\sum_{\tau\in S_{n-1}'}\sgn(\tau) a_{2\tau(2)}\cd a_{n\tau(n)} \\ & =a_{11} \md{ a_{22} & \cd & a_{2n} \cr \vdots & & \vdots \cr a_{n2} & \cd & a_{nn} }. }$$