部分環はもとの環の性質をほぼ継承しない
この記事では次のことを説明する:
「$A\subset B$ を環の拡大とする. $B$ が性質 $P$ を持っていても,
$A$ が性質 $P$ を持つことは「ほぼ」ない.」
以下, 定義と記号は[AM]に合わせる.
例1
環の拡大 $\Z\subset \R$ について, $\R$ は体であるが $\Z$ は体でない.
例2
環の拡大 $\Z[x]\subset \R[x]$ について,
$\R[x]$ はPID(単項イデアル整域)であるが, $\Z[x]$ はPIDでない.
実際, $\Z[x]$ のイデアル $(2,x)$ は単項イデアルでない.
例3
環の拡大 $\R[t^2,\ t^3]\subset \R[t]$ について,
$\R[t]$ はUFD(一意分解整域)であるが $\R[t^2,\ t^3]$ はUFDでない.
実際, $t^2$ と $t^3$ は既約元であるが,
$t^6$ $=t^2\cdot t^2\cdot t^2$ $=t^3\cdot t^3$ が成り立ってしまう.
例4
$\R[x,y]$ はネーター環だが,
その部分環 $\R[xy,\ xy^2,\ xy^3,\ \cdots ]$ はネーター環でない.
実際, イデアル $(xy,\ xy^2,\ xy^3,\ \cdots)$ は有限生成なイデアルでない.
例5
$\R$ はアルティン環だが,
その部分環 $\Z$ はアルティン環でない.
実際, $\Z$ のイデアルの降鎖無限列:
$(2)\supset (2^2)\supset (2^3)\supset (2^4)\cdots $
がある.
以上の例より, 「環の拡大 $A\subset B$ について, $B$ が性質 $P$ を持っていても, $A$ が性質 $P$ を持つことは「ほぼ」ない.」ということがわかった.
このことは次のように言い換えられる. 「単射 $i:A\to B$ があったとき, $B$ が性質 $P$ を持っていても, $A$ が性質 $P$ を持つことは「ほぼ」ない.」
すると, 次のような問題が自然に生まれる.
課題1
全射 $f:A\to B$ があったとき,
環 $A$ のある性質 $P$ は環 $B$ に継承するか?
例えば, $A$ がネーター環ならば, $B$ もネーター環か?
逆に,
環 $B$ のある性質 $P$ は環 $A$ に継承するか?
例えば, $B$ がネーター環ならば, $A$ もネーター環か?
課題2
環 $A$ のある性質 $P$ は環 $A[x]$ に継承するか?
例えば, $A$ がネーター環ならば, $A[x]$ もネーター環か?
逆はどうか?
課題3
整拡大 $A\subset B$ があったとき,
環 $A$ のある性質 $P$ は環 $B$ に継承するか?
例えば, $A$ がネーター環ならば, $B$ もネーター環か?
逆はどうか?