Takatani Note

べき零行列【問題と証明】

この記事では、冪零行列(べき零行列)について次の問題を扱います。

問題の前に、べき零行列の定義を確認しておきましょう。

定義
$A$ を正方行列とする.
ある正の整数 $k$ に対して $A^k=0$ となるならば, $A$ をべき零行列という.

べき零行列【問題と証明】

べき零行列の固有値は0のみ

問題
べき零行列の固有値は0のみであることを示せ.

解答
[証明]
$A$ をべき零行列とする.
このとき $A^k=0$ を満たす正の整数 $k$ が存在する.

$\l$ を $A$ の $\C$ における任意の固有値とする.
そして $v\in \C^n$ を $\l$ の固有ベクトルとする.

このとき, $Av=\l v$ より
\[ A^kv=\l A^{k-1}v=\cdots =\l^kv \] が成り立つ.
$A^k=0$ であるから $\l^kv=0.$
すると $v\neq 0$ より $\l=0$ でなければならない.
すなわち $A$ の固有値は0のみである.

この問題の証明と同様のやり方で、次の定理を示せる.

定理
$n$ 次正方行列 $A$ に関する次の2条件は互いに同値である.
(1) $A$ はべき零行列である.
(2) $f_A(x)=x^n.$
ただし, $f_A(x)$ は $A$ の固有方程式とする.

証明
[証明]
(1)を仮定し, ある正の整数 $k$ に対して $A^k=0$ とする.
$\l$ を $A$ の $\C$ における任意の固有値とする.
そして $v\in \C^n$ を $\l$ に対する $A$ の固有ベクトルとすれば, $Av=\l v$ より
\[ A^kv=\l A^{k-1}v=\cdots =\l^kv \] が成り立つ.
$A^k=0$ であるから $\l^kv=0.$
したがって $\l=0$ でなければならない.
すなわち $A$ の固有値は0のみである.
よって, (2)が得られる.

逆に(2)を仮定すれば, ハミルトン・ケーリーの定理より $A^n=0$ であるから (1)が得られる.

※この定理は以下の問題でも使う.

問題
$A$ を $n$ 次べき零行列とすると, $A^n=0$ であることを示せ.

解答
[証明]
べき零行列の固有値は0のみなので, $A$ の固有多項式は $x^n$ である.
よって, ケーリー・ハミルトンの定理より $A^n=0$ である.

$\det A=0$ (べき零行列の行列式は0)

問題
べき零行列 $A$ の行列式は0であることを示せ.

解答
[証明]
$A^k=0$ とする.
行列式の性質:
$\ \ \ \det(AB)=\det(A)\det(B)$
より,
$\ \ \ \det(A)^k=\det(A^k)=0.$
よって, $\det(A)=0.$

$\tr A=0$ (べき零行列のトレースは0)

問題
べき零行列 $A$ のトレースは0であることを示せ.

解答
[証明]
定理より, べき零行列の固有値は0のみである.
このことと, トレースは固有値の総和に等しいことから,
$\tr(A)=0.$

※トレースが固有値の総和に等しいことの証明は トレースの性質 を参照せよ.

べき零行列は対角化不可能

問題
$A$ をべき零行列とする.
$A$ が零行列でないとき, $A$ は対角化不可能であることを示せ.

解答
[証明]
$A$ が対角化可能であると仮定しよう.
このとき, ある正則行列 $P$ が存在して,
$\ \ \ D=PAP^{-1}\ \ \cdots (*)$
という形に表せる.
ただし, $D$ は対角行列とする.

ところが, 定理より, べき零行列の固有値は0のみなので, $D$ の対角成分はすべて0である.
したがって $D$ は零行列である.
すると, $(*)$ より $A$ も零行列となり, 仮定と矛盾する.

Aがべき零ならば $I-A$ と $I+A$ は正則行列

問題
$A$ がべき零行列ならば, $I-A$ は正則行列であることを示せ.

解答
[証明]
$A$ はべき零行列なので, ある正の整数 $k$ が存在して $A^k=0$ である.
$\ \ \ I^k-A^k=I$
なので, 左辺を因数分解すれば,
$\ \ \ (I-A)(I+A+A^2+\cdots+A^{k-1})=I$
したがって, $I-A$ は正則行列である.

問題
$A$ がべき零行列ならば, $I+A$ は正則行列であることを示せ.

解答
[証明]
$A$ はべき零行列なので, ある正の整数 $k$ が存在して $A^k=0$ である.
$\ \ \ I^k+A^k=I$
なので, 左辺を因数分解すれば,
$\ \ \ (I+A)(I-A+A^2-A^3\cdots+(-1)^{k-1}A^{k-1})=I$
したがって, $I+A$ は正則行列である.

1次独立

問題
$A$ を $n$ 次のべき零行列とし,
$\ \ \ A^k=0, \ A^{k-1}\neq 0$
とする.
$v$ を $A^{k-1}v\neq 0$ であるような $\C^n$ の元とする.
(※$A^{k-1}\neq 0$ であるからそのような元が存在する.)
このとき, $v,Av,A^2v,\cdots ,A^{k-1}v$ は1次独立であることを示せ.

解答
[証明]
$c_0,c_1,\cdots,c_{k-1}$ をスカラーとして
\[ c_0v+c_1Av+c_2A^2v+\cdots +c_{k-1}A^{k-1}v=0 \] とする.
この式の両辺に左から $A^{k-1}$ をかけると
$\ \ \ c_0A^{k-1}v=0$
を得る.
$A^{k-1}v\neq 0$ なので $c_0=0.$

次に
\[ c_1Av+c_2A^2v+\cdots +c_{k-1}A^{k-1}v=0 \] の両辺に左から $A^{k-2}$ をかけると
$\ \ \ c_1A^{k-1}v=0.$
したがって $c_1=0.$

以下, 同様にすれば
\[ c_0=c_1=\cdots =c_{k-1}=0 \] が得られる.

べき零行列 可換

問題
$A,B$ がべき零行列で $AB=BA$ ならば, $AB$ も $A+B$ もべき零行列であることを示せ.

解答
[証明]
$A,B$ はべき零行列なので, ある正の整数 $k,l$ が存在して
$\ \ \ A^k=0,\ \ B^l=0$
を満たす.

$A$ と $B$ は可換なので,
$\ \ \ (AB)^k=A^kB^k=0.$
よって, $AB$ はべき零である.

$A+B$ については二項定理を考えれば,
$\ \ \ (A+B)^{k+l}=0$
であることが示せる.

実際, $r$ を $0\leq r\leq k+l$ を満たす整数とすると,
$\ \ \ A^{k+l-r}B^r=0$
である. なぜなら,
$r\leq l$ のとき $A^{k+l-r}=0$
$r \geq l$ のとき $B^r=0$
が成り立つからである.

よって, $A+B$ もべき零である.

【おまけ】べき零行列の意義

べき零行列(べき零変換)は次の定理を証明するときに大きな役割を果たします。

定理
$\C$ 上の正方行列(線形変換)はあるジョルダン標準形に相似である.

この定理は $\C$ 上の線形変換を完全に分類する重要定理です。 証明では、最終的にべき零行列の分類に帰着されます。